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第22話
再テストが終わり、絞るだけ絞り切った脳みそはカラカラに乾ききっている。自己採点をするとギリギリ平均点は取れそうだ。
(それもこれも三吉のお陰だけど)
三吉は頭がよく教え方も上手い。言葉はキツイところはあるが、甘やかされると惰性してしまうのでいい鞭になっている。
教室へ行くと三吉は読書をしており、千紘に気がつくと顔を上げた。
「試験どうだった?」
「たぶん、大丈夫」
「たぶんってなによ。私が教えたんだから満点取りなさい」
「それは無理だ」
律ではないのだし、と内心付け加える。
「あとこれ報酬な」
鞄からお菓子がパンパンに入った袋を渡すと三吉は顔を輝かせた。その顔を見られるのが気まずかったのかわざとらしくコホンと咳払いをする。
「まぁ妥当ね」
「なんだその言い草は」
別にいいけど、と言うと三吉はさっそく封を開けて中を検分し始めた。新作のチョコや期間限定のグミ、定番のクッキーなど多種多様に揃えている。
嬉しそうにグミを食べ始める三吉がなんだか手懐け野良猫のようだ。
「……なによ」
「別に」
「あげないわよ」
袋を胸に抱え始めた三吉に笑った。どんだけ食い意地張ってるんだよ。
「オメガ組が揃ってる」
廊下からの声に振り向くとクラスメイトの女子が自分たちの様子を伺っていた。すぐに隠れたつもりだろうが、コソコソ話が聞こえてくる。
「オメガ同士で付き合ってるって本当だったんだ」
「そういう場合ってどっちが女役?」
クスクスと下世話な会話に耳が熱くなる。クラスメイトと普通に会話しているだけなのにこういうときオメガという性を呪ってしまう。
「あんたたちも暇ね」
三吉はそう言い捨てると手を引っ張られ廊下に連れ出してくれた。その細い背中がなぜか大きく頼りがいがあるように見える。
階段をのぼり旧校舎の踊り場に来て、ようやく三吉は立ち止まった。
「ったく、こっちは好きでオメガじゃないっつーの」
「三吉……カッコいいな」
「ま、柳くんと違ってオメガ歴長いから慣れたのもあるけど。ちょうどいいから避難場所教えてあげるよ」
「お、おい!」
手を離されさらに階段をのぼっていく三吉についていく。
屋上前の踊り場には古びた机や椅子、段ボールの山やなぜかアンプまであり、ごみ捨て場のようだ。埃っぽい匂いがする。
「辛くなったらここに逃げるといいよ」
「なにここ」
「私の避難場所」
そう言って床に座る三吉はまたお菓子の袋に手を伸ばす。
「オメガってだけで悪口言われると腹立つじゃん。でもそれを言い負かしたからってなんだって部分もあるじゃん。そうやってムカついたときここにいるの」
窓から差し込む夕日を眩しそうに見上げる三吉の横顔は凛と輝いている。芯の強い黒い瞳が絶対に屈しないと力強さを秘めていた。
(オメガだからってオドオドしてばかりもだめなんだな)
揶揄われて、噂されるたびに落ち込んでいたがそうじゃない。もっと正面から立ち向かえと三吉なりにエールを送ってくれているのかもしれない。
「こんなところにいた」
階段下から律が顔を覗かせた。最近避けてばかりいたから決まりが悪い。
「再試験終わったら一緒に帰ろうってメッセ送ったのに。どこにもいないから探しちゃったよ」
「よくここがわかったな」
アルファは新校舎なのでここまで来るのにかなり時間がかかったのではないか。
「瀬名川くんは随分嗅覚が鋭いのね」
「三吉さん? どうして二人がこんなところにいるの?」
「オメガ初心者の柳くんに避難場所を教えてただけだよ」
ぴょんと立ち上がった三吉はスカートについた埃を払った。
「じゃあね」
そう言って階段を駆け下りていく三吉をぼんやりと眺めていると律が振り返った。
「三吉さんと仲良くなったんだ」
「勉強教えてもらってた」
「だから試験のとき俺が教えるって言ったのに」
「律に迷惑かけたくないし」
「最近避けてるでしょ?」
確信の籠った言葉に返事ができない。じっと固まると律は肩を落とした。
「ま、それはいいけど……ちょっと妬ける」
律は下唇を付きだして子どもみたいに拗ねている。
「オメガって共通点あるから話しやすいだけだよ」
「わかってる。ちぃがそんな気ないのって。でも彼氏としては焼きもち焼くんだよ」
「律が焼きもちなんて変なの」
「俺はずっと焼きもちばっかり焼いてお腹が膨れてる」
律がいつ妬く場面なんかあっただろうか。平凡でなんの取り柄もない自分は女子からキャーキャー言われたこともなければ、告白されたこともない。
あれこれ考えているとキスをされて、うなじに触れられた。また性懲りもなくフェロモンをつけているのだろう。
ここのところ避けていたせいで久しぶりの律のフェロモンに血流が勢いよく流れだすのがわかる。
(やっぱり好きだな)
自分から距離を取っていたくせに触れてくれると嬉しくなってしまう。
じっと見上げると律は目を細めた。
好きだって言いたい。
番にしてってお願いしたい。
きっと律なら二つ返事で頷いてくれる。それがわかっているからこそ、そんな簡単に言ってはいけないのだ。
(律の未来を奪いたくない)
でももう少しだけそばにいさせて、と目を瞑ると唇に柔らかい感触がした。
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