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第24話

 朝からダルい。  熱を測っても微熱程度で他に症状がないので学校に行くことにした。  律は留学のことで担任と話し合いをするとかで先に行ってしまい、一人で電車に乗る。  車窓に流れる景色をぼんやり見ていると前に座っているサラリーマンの男と目が合い、すぐに逸らされた。  (まただ)  今朝だけで誰かと何度も目が合って、すぐに反らされる気がする。  男のオメガが珍しくニヤニヤとぶしつけな視線を向けられることは日常茶飯事だが、そういう類とは違う。  けれど考えるのも億劫で学校に着いて机に突っ伏していた。  「ちょっと柳くん!」  「……え、なに?」  「いいから、こっち!」  三吉が般若みたいな形相をして腕を引っ張ってくるので、支えきれず廊下で倒れてしまった。  「大丈夫?」  顔を上げると知らない男が手を差し伸べてくれたが、次第に表情が曇る。  「この匂いーーオメガ?」  「え、どこ?」  「うわ」  どんどん人が集まってきて、周りを取り囲まれてしまった。  男たちの目は爛々と輝き、獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のようだ。  「柳くん!」  三吉の声が遠くで響く。  下半身が疼き、奥まった箇所が熱を持ち始めた。  (もしかしてこれがヒート!?)  自分を取り囲んでいる男たちはアルファ科なのだろう。オメガのフェロモンに釣られて普通科まで来てしまったのかもしれない。  体育祭のことを思い出した。あのときもアルファたちの目は肉食動物のような殺気を滲ませていた。  (どうしよう。このままだとマズい)  這いつくばりながら右往左往とするが男たちはどんどんと近寄ってくる。怖くなってうなじを押さえて、身を丸くした。  「どけよ! あっち行け!」  輪の外が騒がしくなり、顔を上げると顔を真っ赤にさせた律が男たちを押しのけながらこちらに来てくれた。  「律……」  手を伸ばすと抱きかかえられ、胸元から香る律の匂いにほっと息が漏れた。  「もう大丈夫だから」  「うん」  保健室に連れて行かれると事情を知っていた保健医に抑制剤を渡され、震える手で飲み込んだ。  だが熱は一向に治まらない。身体の内側で火種がどんどん燃え広がっている。  「ど……しよ、律ぅ」  ズボン越しでも性器の形がわかるほど張りつめてしまっている。こんな姿誰にも見られたくない。太ももを擦り合わせて隠そうとするとその僅かな刺激にも感じてしまい「あぅ」と小さな嬌声が漏れた。  「抑制剤が効かないみたいね」  「他の種類はないんですか?」  「あるけど多用は身体に良くないわ」  律の縋るような声に保健医は首を振った。   「……しばらく二人にしてもらえますか」  「でも」  「大丈夫です。無理やり番にしたりしませんから」  「……わかったわ」  保健医は渋々と言った様子で部屋を出ていった。他の生徒はおらず二人っきり。律は扉の鍵を締めて、窓のカーテンを引いた。  「一回抜こう。そしたらだいぶ落ち着くはずだから」  「やだ。律が欲しい」  「ダメだよ」  断られると思っていなかったので伸ばしかけた手を下した。  ヒートに当てられないアルファがいるのだろうか。いや、そんなのはいない。さっきの男たちは目をギラギラとさせて野獣のようだった。  その本能の欠片すら律から感じられない。  (もしかして運命の番じゃないから?)  ショックで言葉が出てこない。オメガに変異したことよりも重量のある絶望が肩にのしかかってくる。  律に肩を撫でられて顔を上げると食むように唇を舐められた。ベッドの縁に座らされる。するすると唇が降りていき、律はその場で膝まづいた。  「ここ舐めるだけね」  「え、そんな……んぅ」  チャックを開けられ性器を取り出されると亀頭には先走りの湖ができていた。  一切の躊躇いも見せずに性器を口に含まれた。熱い粘膜に包まれてぐんと硬くなる。根元から舌で丁寧になぞられ、じゅっと音を立てて強く吸われると腰が勝手に揺れた。  律も頭を前後に動かし、さらに性器に刺激を与えらる。一気に射精感が駆け上った。  「律……でちゃ、んん」  「いいよ。そのまま出して」  「だめ、やぁ……あっ」  あっという間に射精して律は飲み下した。  「甘い」  「……莫迦。飲むなよ」  「ヒートだからかな。それより体調は?」  「少し治まった」  まだ身体の芯に熱は残っているがさっきよりは随分マシだ。  「じゃあこの隙に帰ろう」  「そうする」  手早く身なりを整えてもらってから立ち上がると律が腰を支えてくれる。体温の甘さにまた肌が粟立ち、心臓がどくどくと脈を打ち下半身に集まり始めた。  「心配だから一緒に帰るよ」  「いいよ。タクシーで帰れば問題ないし」  「ダメ。いまどんな顔してるかわかる?」  「どんなって」  どれだけ情けない顔をしているのだろうか。下を向くと頭に律のセーターを被せられた。  「これで顔を隠してて」  セーターを被ったまま律に横抱きにされた。いわゆるお姫様だっこだ。  密着した肌から律の匂いがしてクラクラする。フェロモンとはまた違う安心する匂い。顔を埋めると律の喉仏が上下したのが見えた。  鍵を施錠すると匂いに釣られてアルファの生徒が待ち構えているらしく大勢の人の気配がする。  怖くなって律のシャツをぎゅっと握った。  「このまま早退します。タクシー呼んでもらえますか? その間に荷物を取ってきます」  「それがいいわね」  保健医は集まった生徒たちに帰るように促して、職員室へと駆けて行った。  タクシーに乗り、自宅に帰って来れたが両親は仕事でいない。  部屋のベッドに寝かせられ、ようやくセーターから顔を出せた。  「調子はどう?」  「またなんかきそう……」  「そっか。もう今日は抑制剤飲めないし、処理するしかないね」  「処理」  事務的な言葉に胸が痛い。抑制剤が効かないのだから当然のことだとわかっているが、もう少しオブラートに包んで欲しかった。  初めてのヒートでメンタルが安定していないのか涙が勝手に流れてくる。 律はやさしく背中を撫でてくれるが、その手つきすら義務的なものに感じてしまう。  「辛いよな……水もってこようか」  「うん」  抑制剤を飲めば平気――三吉はそう言っていたのに。  律と番になれなくても抑制剤があれば耐えられるのではないかと思っていた。だが千紘をあざ笑うかのように薬は効かず、ヒートは辛い。  初めての感覚にまた涙が溢れてくる。  拭おうとすると律のセーターを握ったままだったことに気づいた。肌触りのいいカシミア素材から律の匂いが鼻孔を掠める。  我慢できなくてセーターを身体に巻きつけた。それでも足りなくてクローゼットから律が忘れたシャツを取り出した。ベッドに寝転ぶと律に抱きしめられているようで安心する。  落ち着くと下半身がむずむずし始めた。  (これくらいいいよね)  ズボンに手を入れて性器を上下に扱いた。律の匂いをいっぱい吸い込むと熱が一人でに上がる。  動きを激しくさせると先走りに濡れた性器がぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてた。  「イく……んん」  吐精した精液が律のセーターにかかり、汚してしまった背徳感でさらに熱が高まる。  だが今度は性器よりもっと奥ーー蕾が疼いて仕方がない。  そんなところ触ったことがない。でもいまならすんなり挿入できるのではないかと淡い期待が顔を出す。  勇気を出して尻を触ろうとするとがしゃんと食器が割れる音で我に返る。お盆を落とした律が首まで真っ赤にして扉の前で突っ立っていた。  「あ、これは……その」  律が水を取ってきてくれているのを忘れていた。  顔が見られなくて布団を被ってミノムシのように丸まった。  「ごめん!」  「怒ってないよ」  律が座ったらしくベッドが軋んだ。やさしい声音は耳に心地よくてほっとする。  「すごい嬉しい」  布団ごと抱き締められて目を白黒させた。てっきり気持ち悪いと言われると思っていたのに律の返事に頭がパニックだ。「こんな古いのよく取ってあったね」と古びたシャツを手にして律は笑っている。  「引かないの?」  「引くわけないだろ」  「じゃあもっと服ちょうだい」  「え、ちょっと」  ミノムシを卒業して律のシャツのボタンに手をかけて脱がせようとすると「待って!」と押し止められる。律は怒ったように眉を釣り上げていた。  「俺がいるからいいでしょ」  「……一人でする」  「どうして? ヒートは一週間あるし、アルファがいた方が安定するんだよ?」  「大丈夫。明日は違う薬飲めば効くかもしれないし」  「効かなかったら?」  「また別の薬飲むよ」  「そうやって一人で苦しむの?」  「仕方がないだろ。オメガなんだし」  合う抑制剤を模索しながらこれから一週間を一人でどう耐え抜くかが大切だ。  でもそのためには律の匂いのついたものがあると寂しくない。  「俺は? 俺はダメなの」  「いらない」  「俺が番にしたいと言っても?」  「そ、それは」  番契約はヒート時にオメガのうなじを噛むことで結ばれる。  (でも律は運命の番を求めてる)  運命ではない千紘は律の番にはなれない。  「番にはならない」  「俺の努力がまだ足りない?」  「律は魅力的な男だよ。だから運命と  」  「ちぃ以外なんて考えらるわけないだろ!」  あまりに大きな声に身体が跳ねた。  何度も律に好きと言われて、大切にしてもらっても千紘の心は弱い。「運命の番」に勝てる気がしないのだ。  再び体温が上がり始める。ヒートの波がきたらしい。  「出て行って」  「こんなちぃを一人にしておけない」  「いいから出て行ってくれ!」  律を押し出して部屋の鍵を閉める。こんなおもちゃみたいな鍵すぐに開けられるのに律は壊そうとはしなかった。  自分から拒絶したくせにドアを蹴破りもしないお行儀のいい律に腹が立つ。  扉の前にいた律は諦めたのか帰ってしまった。  望んだ結果になったのにどうしてこんなに苦しくなるのだろう。  それでも身体の熱をどうにかしたい気持ちが勝り、思考をドロドロに溶かしてしまう。  (いまは、もういい)  熱を追い求めて性器を扱き始めた。

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