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第25話
様々な製薬会社から出されている抑制剤を片っ端から試したがどれも効果がでず、自慰をするしか方法はなかった。
辛くて屈辱的な行為なのに頭は快楽に犯される。達したあとは自己嫌悪に陥るけど、すぐに本能は熱を求める。地獄のようなそれの繰り返しだった。
一週間ぶりに学校に行くとクラスメイトたちからニヤニヤといやらしい笑みを向けられ、視線に耐えられず教室を飛び出した。
大方オナニー三昧だったのだと思われているのだろう。あれほど辛い行為だとみんな知らないのだ。悔しくて涙が出そうになる。
抑制剤が効かないならヒートは一生付き合っていかなければならないと医者に言われた。
そして「早く番を作った方がいい」と。そんなの無理に決まっている。
律からは毎日メッセージがきていた。体調を気遣うものばかりだが最後は「いつでも呼んでね」と添えてあり、そのやさしさに縋ろうとしたがどうにか堪えた。
(オメガ判定を受けたときに律と別れればよかった)
そうすればこんな惨めな思いは薄皮一枚分マシだったかもしれない。
いつの間にか避難場所に来てしまった。
身を隠すようにすみに座り、ひんやりとするリノリウムの床に腰かける。
授業をする教師の声やサッカーをしている声、キーの外れたギターの音が遠く響き、自分の世界とは別に動き出している。
普通の枠からはみ出してしまったような孤独感に打ちひしがれた。
膝の間に頭を埋めているとポケットが振動した。画面をタッチすると伊吹からのメッセージだ。
[返事遅くなってわりぃ。雑誌見てくれたんだ! なんか恥ずかしいな]
照れたくまのスタンプ付きで可愛い。伊吹の存在が心に空いた穴を埋めてくれるようにするりと入ってきた。
伊吹にはオメガに変異したことは言っていない。だから以前のままでいられる。
[いま電話できる?]
誰かと違う話をしたかった。オメガではない、ただの千紘として。
ものの数秒で電話がかかってきて、急いで通話ボタンをタップした。
『もしもし? どうした?』
「ごめん急に」
『ちょうど空き時間だったから大丈夫だよ』
そう言う伊吹の後ろからざわざわと人の声がする。
「撮影してたの?」
『そう。また表紙になるから見てよ』
「わかった」
それからいままで会ってないとは思えないほど滑らかに会話が出てきた。伊吹のモデルの話、サンピスの新曲の感想や中学のクラスメイトがいまどうなっているのかなど。
明日になったら忘れてしまいそうなとりとめもない会話。でもいまはその時間が必要だった。
『あ、そろそろ撮影始まるみたい』
「ごめん。忙しいのに」
『いいよ』
それから一言区切ると妙な間が空いてしまった。名残惜しくて携帯を強く耳に押しつけた。
『千紘』
「なに?」
『辛かったらなにもかも捨ててこっちおいで』
「なんだよ急に」
『それなりに収入もある。二人でも生活できるよ』
なんとなく千紘がいつもと違うと察してくれたのだろう。子どもっぽい提案なのに伊吹と生活するのも悪くないと思えるから不思議だ。
「ありがとう。久しぶりに伊吹と話したから大丈夫」
『よかった。また連絡して』
「うん」
それから別れを告げて通話を切った。
オメガではない柳千紘として友だちと何気ない会話をできたことに安堵を覚え、しばらく余韻に浸っていた。
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