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第4話
長谷部が僕の服を引っ張る。
あぁもう、うるさいな。寝てるんだってば。
今の時間は顔を上げたら渡り廊下に1年がいるんだって。見たくないんだってば。
「なーぁー、辰巳ぃ。」
ぽんぽんぽんとリズム良く頭を叩き始めた長谷部にしびれを切らして顔をあげると、満面の笑みの長谷部と目が合う。
「何その緩い顔、どうしたの。」
「あそこ見て!1年の列あるでしょ!あれ!あそこ!」
渡り廊下を指さす先には見たかったけど見たくなかった姿。
やっぱり顔をあげるんじゃなかった。
後悔してるはずなのに姿が見れて嬉しいと思うなんて、本当にどうかしてる。
「まいちゃーん!体育がんばってねー!」
長谷部の大きい声に列に並ぶ女の子がこっちを向いて、遠慮がちに小さく手を振る。
それと同時に何人かがこちらを見て、その中に彼がいた。
一瞬目が合った気がしたけどすぐ向き直って歩きはじめたから、本当に目が合ったかは分からないまま。
図書館に来ない理由はよく分からなかったけど、とにかく彼はあれから図書館には来ていない。
中庭で本を読んでても来ることはないし、もしかしたら僕の気持ちに気がついたのかもしれない。
もしくは僕のあの態度が悪かったのか。
自問自答したって答えは彼が持っていて、僕は考えることしかできない。
「ねーえー、辰巳聞いてる?俺の彼女のまいちゃん!みた?かわいいでしょー?」
「え?あぁ、ごめん。見たよ、格好良かったね。
――ごめん違う、可愛かったね。小柄で。
長谷部とお似合いなんじゃない?仲良くね。」
嬉そうにはにかんで長谷部は満足そうに僕の机に浅く腰掛ける。
僕の頭の中には彼しかいなくて、つい格好良かったなんて口に出た僕に長谷部は間違えんなよ、と笑って流してくれた。
長谷部が底抜けに明るくいてくれるおかげで僕はギリギリ笑えている。
長谷部みたいな人が恋人ならきっと毎日楽しいんだろう。
一緒にいるとこっちまで明るくなれる、すごく素敵な人柄だと思う。
「辰巳のそういう笑顔、久々に見たかも。」
「え、なに、どういうの?普段と違う?」
長谷部はへにゃっと目を細めて、指で目尻を下げて「こういう穏やか〜な感じの。」と言い、それから目を普通に戻したあと今度は眉毛を下げて見せてくる。
「最近はこんな顔!ずっとしょげてるよ?
なんも言わないからわざわざ聞かないけどさ、いつでも話聞く準備できてるから!」
「ふふ、そういうとこ知り合ったときから本当変わらないね。
話せるときに話すから、また聞いて。ありがと。」
おう、と漫画みたいにわざとらしく胸を叩く長谷部は本当に優しい。
知り合った頃から悩みがあると毎回すぐに気付いてくれた。
無理に聞き出すことは絶対にしないで、ただ近くにいてくれたり別の話で気を紛らわせたりしてくれる。
僕みたいな人付き合いが下手でつまらない人間と仲良くしてくれる希少な人。
だからこそ長谷部みたいな友人を失うのがこわい。
もしかしたらこんなに仲良くできる友人は、一生のうちで長谷部だけかもしれないから。
授業が終わり、また長谷部と渡り廊下を見つめていると彼が歩いてきたのが見えた。
長谷部の彼女と近くにいたのをいいことに僕も手を振ってみる。
驚いた顔はしたけど、あのいつもみたいな笑顔で振り返してくれた。
「おやおや〜?誰だよ、あのイケメンくん。
辰巳も1年に知り合いいたのん?」
長谷部が僕の頬にひじをぐりぐりと当ててくる。
「いたた、図書館で仲良くなった子だよ。
長谷部は図書館来ないから知らないだろ。」
へぇ、と興味もなさそうに相槌をうつと長谷部は再び彼女の方を向いた。
にやつきそうな顔が長谷部に見られなくて良かったと安堵する。
ほんの少しのことでこんなに幸せになる。だからこそ図書館に彼が来ないのがこんなにも寂しい。
彼が来なくなってからもうなのか、まだなのか分からないけど半月が経とうとしている。
うっかり近付いてしまったせいでたった半月が馬鹿みたいに長い。
放課後いつものように図書館へ行くと彼の姿が見えた。感情が高ぶりすぎて泣きそうになる。
落ち着いて、冷静に、なんでもないようなふりをして、入館証をしっかりかざして中に入る。
本に視線を落としてこちらを見ないのは集中しているからなのか、気付かないふりをしているのか。
どうしていいかわからないまま横に座る。
何を話せばいいのか、相手から話しかけられるのを待てばいいのか。
沈黙に耐えられないなんて少し前なら考えられなかった。
そもそもここは本を読んだり勉強したりする場所で、会話を楽しむような場所じゃない。
そう分かってはいても、この無言の空気に耐えきれずに話しかけようと横を向くと彼は穏やかな笑顔をこっちに向けていた。
「び……っ、くりした……」
大きな声が出そうになるのを必死で抑え込んで息を逃がす。
僕を脅かした張本人は子供みたいに口元に手をやって声を押し殺して笑っていた。
外行きましょうか、という彼の小声の提案で外に出る。
外へ出た後もまた無言。
やっぱり自分から切り出さなきゃ話すのは難しいのかもしれない。
「あの、さ。最後に会ったとき、ごめんね。
…良くない言い方だった。」
話すのが久しぶりだからか変に緊張して喉が渇く。
対照的に手のひらはじんわりと熱をもって湿る。相手の反応がこわい。
先輩、と言われただけで肩が跳ねる。
緊張がおさまらない。その口から僕を否定する言葉を言われたら耐えられないかもしれない。
二の句が告がれる前に息ができなくて死んでしまいそう。
「俺、先輩に怒ってたわけじゃないですよ。
優紀先輩こそ俺の事嫌になったんじゃないんですか?
無神経だし…それに、頼りにならないし。」
「そんなこと…どれひとつも思ったことない…」
お互いにため息みたいな長い息をつく。本当にこわかったぶん手の震えが止まらない。
人を好きになるってなんだろう。
小さなことが何倍にも膨れて不安になったり、安心材料になったりする。
嬉しい気持ちと煩わしい気持ち。
でも立浪くんを見るとそれだけで好きの感情以外、何も考えられなくなる。
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