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第5話

立浪くんと元の関係に戻ってから日に日に自分の気持ちが大きくなっていく。 ―――立浪くんはもしかしたら僕のことが好きかもしれない。 何度もそんな都合のいい考えを打ち消しながら、それでも何度も浮かんでくる。 前よりももっと近くて、なにかと触れられることが増えた。 触れられるって言っても軽く頭を触られたり、声で呼びかけられるよりも肩にトントン、と来ることが多くなったくらい。 「最近彼女の話しないね。」 なんて、つい自分から不安になるような事を言ってしまって少し後悔する。 彼は一言「あれ?」とだけ言って押し黙ってしまった。 「僕なにか変なこと言った?」 「あー、いや、俺別れたんですよ。言ってなかったっけ。  …あぁ、言ってない、言ってないですね。」 立浪くんは自問自答しながら僕に答える。 彼女と別れたってことは、もうあの嫌な気持ちになることはなくなるのだろうか。 これで本当に僕のことが好きならいいのになんて、おこがましいにも程がある。 でも、新しい恋人ができるまでは僕のそばにいてほしい。 結局立浪くんが僕が好きかどうかなんて、当たり前に聞き出すことは出来ず迎えた週末。 気分転換に電車に乗って、このあたりではいちばん大きな本屋に出向くと好きな作家の新刊が並んでいた。 一冊手に取って店の中を散策する。昔から本の匂いが好き。だから図書館も本屋も落ち着く。 そんなとき1冊の本が目に入って手にとる。 ―――LBGTQについて。 僕はGに分類される言わば少数派。 今まで恋人なんてできたことないし、今だって好きな人はいても付き合うなんて考えられない。 勝手な想像で甘いひとときを過ごすことはあるけど、それが現実になるかもしれないなんてとてもじゃないけど思えなかった。 裏表紙の内容紹介を読んでいると「せーんぱい」と肩を叩かれる。 振り返って見上げると会いたかった顔がそこにあって驚く。 「えっ!?立浪くん?なんで?」 まさかこんなところで彼に会うなんて。 彼はこの辺りに住んでいるという。5分もあれば着くからと家に招待された。 持ってる本があまりにもピンポイントで気まずさを感じたものの、戻すタイミングを失って仕方なしに購入して彼の家へむかう。 持っていた本が立浪くんにばれていませんように。 学校でしか会わないから制服と体操着しか見た事がなかった彼の私服は新鮮だった。 パーカーにゆるっとしたカーゴパンツ。 年齢の変わらない僕が言うのもなんだけど最近の高校生とかが着てそうなお洒落な服。 僕は白のシャツにネイビーのカーディガン、ベージュのチノパン。 なんの面白みもない普通の服。こんなことならお洒落な服を着てくるんだった。 そんなこと言って似たような服しか持ってないんだけど。 「せんぱーい、あけてー。」 ドアを蹴っているのかノックをするより低い音がする。 ドアを開くと色々のったトレイを持って苦笑いしてる彼がいた。 「飲み物と軽くつまめるものもってきたんですけど、どれがいいですか?」 トレイの上にはケトル、紅茶、コーヒー、紙パックのオレンジジュースやりんごジュースまで乗っている。 聞いてから行けばこんな手間じゃなかっただろうに。そう思いながらありがたくりんごジュースを貰う。 立浪くんの家は大きめの二階建ての一軒家で、玄関前の庭には色とりどりの薔薇の花で綺麗にされていた。 母の趣味で、と立浪くんは言っていたけど、薔薇を育てるのって難しいんじゃなかったっけ。 そんなことを考えながら顔をあげると彼がこちらを見ていて、胸がぎゅっとなる。 そうだ、ここは立浪くんの部屋だった。 彼の匂いがする部屋で彼に見られていてなんで冷静でいられたんだろう。 「そんな見られてたら恥ずかしいんだけど…。」 「まーた何か考えてるなって。  うちの庭見て薔薇育てるの難しいとかそんなん考えてたんじゃないですか?」 そんな分かりやすく顔に出てたんだろうか。 考えていたことを的確に当てられて余計恥ずかしくなる。 こんなに分かりやすくいては自分の感情もいつか伝わってしまう。 「僕、よくポーカーフェイスって言われるんだけどそんな分かりやすいかな…」 そうつぶやくと立浪くんはいつもみたいにケラケラと笑った。 「先輩はポーカーフェイスじゃないですよ?  仲良くなったら結構表情豊かだとおもうけどなぁ」 表情豊かなんて初めて言われた。 付き合いの長い長谷部にも何考えてるかいまいちつかめないと言われたのに。 少し沈黙したあと立浪くんの息を吸う音が聞こえた。 「――ねぇ先輩。さっき見てた本、普段読むのとだいぶ違いますね。  あぁいうの興味あるんですか?」 さっき見てた本ってあぁ――LBGTQについて、か。 興味があるというか、当事者というか。 なんて言えばごまかせるか考えている間に時間は不自然にすぎていく。 「え、と…ほら今後の勉強のためにね。色々理解深めたいなって。」 心臓が速く脈を打つ。手が震える。 違和感を出しちゃいけない。ポーカーフェイスで、いつも通りにしないと。 「…へぇ、ほーんと勉強熱心ですね。  俺そっち系全然分かんないし、理解深めるって気持ちもなかったなぁ。」 ずき、と心が痛む音がする。 理解されたいと思ってたわけじゃないし、この気持ちが報われてほしいと思っていたわけじゃない。 ただ少し前に感じた僕を好きかもしれないという思い上がった気持ちのせいで、心のやり場がない。 何を勘違いしてそう思ったんだっけ。 もし僕が今この場で彼に告白したら僕は間違いなく振られてしまうんだろう。 気持ち悪いと罵られるのか、仲の良さに免じて罵らずにはいてくれるのか。 それでもきっと今までと同じ距離ではいられない。 たわいもない話をしていると少しずつ日が傾きはじめて、オレンジ色の日差しが部屋に入ってくる。 お暇しようと準備をしていると後ろから肩に彼の頭が乗る。 「…俺って先輩の友達ですか?ただの後輩ですか?」 質問の真意が分からない。僕の気持ちがばれてる? そんなことより近すぎて呼吸するのもままならない。 近すぎるせいでどんな表情をしてるかも分からないし、声色だけじゃ判断できない。 「……立浪くんは、友達でしょ。」 そう言いきるとパッと顔を上げて「良かった〜!」と安堵の息を漏らした。 どういう意味の良かった、なんだろう。 対象に見られてなくて良かった? 一度悪い方向へ考えてしまうとそこから抜け出すのは簡単じゃない。 駅まで送るという彼の申し出を断って急ぎ足で歩く。 頭を乗せられた右肩から彼の使う香水の匂いがほんのり香ってくるたびに苦しくなる。 なんでこんなにも好きになってしまったの?どうしてこんなに距離を近付けてしまったの? 名前も知らない後輩なら変な期待も、落胆もしなくて済んだのに。 近くになればなるほど叶わないんだと思い知らされる。 休みが終わらなければ会わなくて済む、でも会いたいからまた学校へ、彼がいる図書館へ出向いてしまうんだろう。 僕の気持ちだっていっそのこと全部ばれて罵られて嫌われてしまえばいいのかもしれない。 そうしたらきっと諦めもつく。こんなに苦しい思いもしなくて済むだろう。 結局できもしないことを頭に浮かべては自嘲するしかできない。 なんで幸せなあとはいつもこんなに苦しくなるんだろう。 恋愛なんてしたくない。好きな人なんてもう懲り懲りだ。

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