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第6話
先輩と元のように仲良くなってから、特に好きだと自覚してからはとにかくひどかった。
好きな気持ちが抑えようにも抑えきれず、何かにつけて触りたい話したい、もっと近くに寄りたい。
そう思う気持ちが前面に出すぎて気付けばもう触れている。
本を読んでいる横顔も照れて赤くなる顔もなにもかもが愛おしい。
そんな先輩が今、自分の部屋にいる事実に顔が緩む。
飲み物を用意しながらニヤけが止まらないのをどうにかしようと頬を2、3度叩く。
「あぁーもう、ほんと無理。可愛すぎ。しんどい。」
頭の中だけでおさまりきらない考えが口に出る。
裏表紙を見ていた本はLBGTQについて書かれた本で、淡い期待が一瞬だけ胸をよぎる。
でも日頃から勉強熱心な先輩のこと、知識を増やすための可能性も大いにあって過度な期待はできない。
そもそももし仮に先輩がそっち方面の人だとしても、俺の事は好きにはならないと思う。
俺の事を好きになるくらいなら、教室で横にいたあの人の方がよっぽどかお似合いだった。
先輩の好みが分からず手あたり次第飲み物を用意していたらバカみたいな量になって、ガチャガチャとトレイの上で食器が動く。
その動きに合わせて自分の心も揺れ動く。凪の状態にはならない荒れた海のよう。
ドアを先輩にあけてもらったときに見えた顔が可愛くて、そのままどうにかしてしまいそうだった。
性欲のかたまりみたいで自分にげんなりする。
笑顔を向けてくれるだけで満足できない自分が嫌だ。
先輩がりんごジュースを飲む姿すら可愛い。
目で追うのが止まらない。1秒でも多く先輩の姿を見ていたい。
結局あの本は自分が思ってる通り先輩の勉強道具のようなもので、頭を掻きむしりたくなる気持ちを抑えていつも通り振る舞う。
――その豊富な知識の入った頭の中に、少しでも俺の居場所つくってくれないかなぁ。
「ねぇ先輩、あのとき一緒に手振ってた人と仲良いの?」
もってきたクッキーに手を伸ばしかけてた先輩は手を引っこめて「仲良いよ。」とだけ言った。
――じゃあ俺とは?俺とも仲良いですか?
なんて聞ける訳もなくて。興味のないその先輩に対する疑問をいくつかぶつけた。
俺と同じクラスの倉内まいって名前の女子と付き合ってるとか。
中学からずっと同じクラスで一番の親友だとか。普段はふざけたやつだけど頼りになるとか。
じゃあこれから先、俺と先輩が親友になれたとしてもその先輩が一番だから俺は二番目。
もしかしたらもっともっと低いかもしれない。それでいて俺は歳下で、頼りにもならない。
先輩のことを知れば知るほど俺がこの人とどうにかなるとか、今以上の関係になることが考えにくい。
それならせめて友達でいたい。ただの後輩じゃなくて、友達に。
「わ、もう夕方だね!
長い時間お邪魔しちゃった、そろそろ帰るね。」
帰る準備をする先輩の背中。細い首筋。柔らかそうな身体。
顔を見られないように頭を肩に乗せる。
思った通り細くて小さな身体は俺の頭ですら重たそうで、一瞬身体がびく、と動いた。
「…俺って先輩の友達ですか?ただの後輩ですか?」
せめて友達であれと、そう願ってやまない。少しだけ間が空いて、立浪くんは友達でしょ。
そう言われた。その間はいったい何の間なのか。
友達であることが嬉しい。嬉しいけど悲しい。
でも悲しい感情なんて表に出すわけにいかないから、めいっぱいの笑顔で喜んだふりをする。
近付くと先輩からはほんのりと柔軟剤のいいにおいがした。
この人の嫌がることはしたくない。
この人が友達と言ってくれたなら、それ以上は望むべきじゃない。
名前も知らない人からこうやって友達にまで昇格できたんだから、それだけで満足するべきなのに心は全然満足してくれそうにない。
先輩は一人で帰ると言い家を出た。
またね、と手を振る姿が夕日に照らされてとても綺麗だった。
また明日から学校。学校に行けば会えるのに無性に寂しい。
あのまま抱きしめてしまえたら良かったのに。好きだって告白するのだって同性の壁が邪魔をする。
多様性だなんだって言ったってそんなすぐに受け入れられるわけがない。
勉強熱心な先輩だって受け入れられるかどうかは別だ。
同じ高校でたまたま知り合った同性同士が恋人になる?そんな低い確率引き当てられるわけがない。
今まで付き合ってきた人が好きじゃなかったわけじゃない。
ちゃんと好きになって付き合っていたと思う。
でもここまで苦しい思いをしたことがないのは恵まれていたからなのか、それとも本当は好きじゃなかったのか。
答えはわからないけど、今の状態が苦しいのは事実で。だからといって今すぐ告白する勇気はさすがにない。
でもこの状況がずっと続くのは自分の精神衛生上よろしくない。
せっかく休みの日に会えたのに、こうしてモヤモヤしたまま気持ちが沈むのが耐えられずに窓を開ける。
6月に近い5月の週末。まだ湿度はそこまで高くない。
もうじき梅雨入りする今の季節は嫌いじゃないけど、自分のもやもやした感情に似ていて憂鬱になる。
いつまでもこういう状況でいるのが耐えられない。
待っていても先輩は俺をきっと好きにはならないし、きっちり振られた方がまだいい。
好きな気持ちを我慢して何もしないではいられない。
近いうちに告白して、自分の気持ちに整理をつけようと覚悟を決めた。
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