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第9話
――前に来ておいてよかった。そのおかげで迷わずに来れた。
ぴんぽん、と軽快な音のあと立浪くんの声がしてオートロックの門扉 がカチリと開く。
オートロックの門扉なんて小説の中でしか見た事ない。
おじゃまします、と小さな声で呟いて誰も出てこないことを確認して、そのまま立浪くんの部屋へ直行する。
コンコンとノックしてドアを開けるとベッドで横になる彼。布団を頭までかぶっていて中の様子は分からない。
「飲み物買ってきたよ、いる?」
んー、といるのかいらないのか分からない返事をしてきて困っていると、布団からこちら側へ手だけを出して伸ばしてくる。
飲み物を手渡すと気だるげに起き上がって飲み物を飲んだあとこちらを向くと、とても驚いたような顔をした。
「まってなんで先輩?俺誰に電話した?」
慌てて携帯を確認して布団に顔をうずめて大きなため息。
「辰巳…あー、辰巳かぁ…」
どうやら立浪と辰巳で並ぶ連絡先で、母親と間違えたらしく何度も平謝りされた。
飲み物をお願いするときも、門扉を開くときもどちらもいつも以上にフランクな感じで言われたのはそのせいだったみたいだ。
「…じゃあ僕帰るね。お大事にね。」
「先輩待って。せっかく来たんだから答え聞かせてください。
どんな答えでも受け入れる準備できてるから。」
真っ直ぐ見つめられて緊張しかしない。告白してもらって、それにOKを出すだけなのに。
カバンを握る手にぎゅっと力が入る。
僕も立浪くんを見つめ返して息を吸った。
「僕で良ければ、よろしくお願いします。」
「…ね、ちょっとこっち来て。」
ポンポンとベッドをたたいて僕を呼ぶ。
優しい目付きと嬉しそうな声。いざ付き合うとなるとこんなにも僕は想われていたんだと気が付く。
ほんの少し前まで疑ってばかりだったのに。
カバンを置かせてもらってベッド脇に座ると立浪くんは愛おしそうに僕の髪を撫でた。
髪の毛から頬に指がつたう。
くすぐったい様なぞわぞわするような不思議な感覚。そのまま指が静かに首までつたっていく。
――あ、これだめな感覚だ。
つい声で反応しそうになるのを抑えて、立浪くんの手を制止の意味で握る。
そのまま握られる手に恋人になったことを自覚させられて顔が赤らむ。
指がつたうのも手を握るのも何もかも刺激になりそう。
手を握ったまま立浪くんはベッドに横たわると大きな溜め息をついて「風邪引いてなかったらなぁ。」と漏らした。
「風邪ひいてなかったら何するつもりだったの?」
「そりゃまぁ、たくさん待ったし色々したいですよね」
そう意味ありげな視線をこちらに寄こしたあと、立浪くんはまた身体を起こして僕を抱き寄せた。
思った通りの体つき。細いのにしっかり筋肉がついていて僕が少しもたれかかっても少しも動かない。
今日一日で心臓が破裂しそうなほどドクドクと脈を打つ。
このままじゃ僕の心臓が持たない。緊張と恥ずかしさで、この空間から逃げ出したくなる。
耳元で聴こえる立浪くんの鼓動も同じくらいの早さで脈を打っていて、本当は同じだけ緊張してくれてるのが分かってホッとした。
「あの、僕ほんと何もかも未経験だから、ゆっくり色んなことしようね…?」
立浪くんはため息のような息を漏らすと「言い方ずっる…」と呟いて布団に突っ伏す。
「そろそろ帰るよ。風邪早く治してね。
…え、っと、またお邪魔していい?」
立浪くんは少し寂しそうな顔をしたけど、このままここに居続けていたらキスくらいしちゃいそうだし。
したくないわけじゃないけど、立浪くんは風邪ひいてるし。そもそも、そういうことだってはじめてだし。
「もちろんまた――、あー、今キスとかしちゃだめですか?」
「なっ、急に何、なんでそうなるの?!」
綺麗だったし、したいから、なんてあまりにも本能に従順な台詞。
じりじりとこちらに寄ってきて、あっという間に見下ろされる。
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