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第10話

たかが10cm程度の身長差で負けたくないのに、押しても立浪くんは全然動かなくて余裕そうな顔。 せめて顔をあげなければ唇が触れずに済むのかもしれないと思い顔を下に向けると、くすくすと上から笑い声が聞こえる。 それが悔しくてつい顔をあげると、それを見計らったように唇が触れた。 「…なんか立浪くん、慣れてる感じしてヤダ。」 「えぇ、だってそんな顔でこっち見られたらしたくなるじゃないですか…」 僕ははじめてなのに、とぼやくと申し訳なさそうに謝った。 本当はそんなこと微塵も思ってないけど。 はじめて触れた唇はあたたかくて柔らかいマシュマロみたいで。 立浪くんの視線を感じて目を向けるともう一度触れる唇。 「今日付き合ったばっかりだよ?手、早いって言われない?」 「早いですかね? でもそれなら先輩は今頃ここじゃなくてベッド(あっち)の上じゃないですか?」 「――なっ、もう!ばっかじゃないの…  風邪ひいてるんだから今日はもうおしまい!  早く治して学校きてね、おやすみ。」 ドアノブに手をかけて部屋を出ようとする僕を引き留めるように抱きしめてきて、心臓がこれ以上ないくらい跳ね上がる。 「先輩待って。…怒った?」 怒られたあとの犬みたいに目に見えてしょげる彼はさっきまでとうってかわって、全然余裕がないように見える。 付き合えてうれしい、でもなんとなく不安なのは僕も彼もきっと同じ。 落ち込んでいる彼の頭を少し撫でると彼は顔をあげた。 「怒ってないけど、調子乗っちゃだめ。なおるまでちゃんと我慢してね?」 「――…それは治ったららまたしていいってことですか?」 そうストレートに聞かれると答えづらい。とりあえず返事はうなずくだけにしておこう。 彼をまたベッドに戻して、今度はちゃんと別れの挨拶をしてから部屋を出る。 門扉を出ると二階から彼が手を振っているのが見えた。 にこにことした笑顔で手を振る彼が愛おしい。 彼の触れた唇に指を這わせる。 本当はもっと触れてほしい、そんなことを思う自分に嫌気がさす。 まさか今日キスするとは思ってなかったけど、してしまったら次から次へと欲しくなってしまう。 欲まみれの自分の思考がこわい。 この気持ちが彼にばれてしまったら嫌われてしまうかもしれない。 そう思っただけで身体が震えるほどの恐怖。 晴れて恋人同士になったのに、僕は僕の思いをすべてぶつけるのが怖くて仕方ない。 付き合ってからの僕たちは時間の許す限り甘ったるい恋人の時間を過ごすことに夢中で、共通の趣味だったはずの読書なんてしばらくしていない。 図書館の利用者が少ない、というより高確率で二人きりなのをいいことに本棚の陰で抱きしめ合ったり、キスをしたり。 まだ触れ合うだけの優しいキス。それより先にすすみたいと思っていても彼には言えない。 同じ熱量の好きでいてくれるとは限らないから、それが不安でこわい。 キスのタイミングも、抱き合うタイミングもいつも彼に任せきり。 僕はいつでもしたいと思っているけど、それを彼に悟られたらもさ気持ち悪いと思われるかもしれない。 男同士で求めすぎだと思われて嫌われるのがこわい。 彼は僕と違って元から男性に興味がある訳じゃない。だから余計に言えない。 僕がもう少し背が低くて、女顔じゃなかったとしても、せめて中性的な顔であればもう少し自信が持てたのかもしれない。 でも現実は170cmはある上に、中性的な顔立ちでもない。 立浪くんの言うところの“綺麗”が僕の何を指すのか分からないし、僕は自分の綺麗なところをまだ見つけられないでいる。 僕の内面はあれがしたい、してほしい、の欲だらけでなにも綺麗じゃない。 せっかく恋人になれたのに、そんな欲をさらけ出して彼に振られるわけにはいかない。

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