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第12話
静かな部屋。聞こえるのは吐息と舌の絡まる小さな水音だけ。
唇を離すと胸元にもたれてきて、ため息のような感嘆の息。
「……もうしたくない。死んじゃうかと思った。」
顔も見ずにそう言って顔を下に向けた。
普段髪に隠れている首筋が見えて妙に色っぽくてそこにキスをすると、身体がはねて真っ赤な顔がこちらを向いた。
「…立浪くん今日なんか……」
「なんか?なんですか?今日なんかえっちだねって?」
う、と言葉を詰まらせて何も言わなくなる。
顔を近付けると恥ずかしそうに目を逸らす先輩が可愛くてつい意地悪なことをした。
「俺の事きらいになった?」
「な、もう!そんなの分かってるくせに…!」
真っ赤な顔でこっちを見て、怒ったような表情。本当こんなんでよくポーカーフェイスだなんて言ったもんだ。
今までこの人に恋人がいなかった理由が分からない。元々同性愛者じゃない俺から見てもこんなにも可愛らしいのに。
先輩の手を握ると握り返してくる細くて白い指。
子供のような手の握り方から指を絡める繋ぎ方に変える。
「ねぇ先輩、もうしたくないって本当?」
「そんなのう、…んっ…」
繋いだ手に力が入る。答えなんて待っていられない。
でも答えなら知ってる、嘘だよね。
本当はもっと先へ進みたい。今よりも余裕のない表情が見たい。
壊れないように優しくしてきたのに。一瞬の熱ですぐ壊れる。
先輩の服のボタンを1つはずして首元に顔を寄せると小さな吐息が漏れる。
白い首筋に小さな赤い痕がひとつ。
ボタンを1番上まで止めたら多分ギリギリ見えない位置。
「…んっ、や…もう!今日は色々おしまい!
このままじゃおかしくなっちゃうよ…」
先輩はそういってボタンをとめなおして、座り直した。
しばらく無言のままでいると先輩がこっちを見て言う。
「…少しずつ慣れていくから…また、しようね。」
この人はまた無自覚に俺をはめていく。
あまりにもハマりすぎて抜けれなくなったらどうするつもりなんだろう。
先輩を駅まで送った帰り道―――。
携帯を見ながら歩いていると突然脇道から人影。
「後ろ姿と横顔しか見えなかったけど
背の高いショートカット美人と歩いている颯斗を俺は見た。
なに、新しい彼女は年上のオネーサマですか?」
突然出てきた歩夢に思わず「うわ」 と声が出た。
外では手を繋ぐこともないから大丈夫だとは思う。が、まさか見られていたとは。
「ちげぇよ、学校の先輩。確かに綺麗な人だけど男だよ。」
「まじ?学力レベルも高いのに顔面偏差値までたけーのかよ。
あーぁ、俺も外部入学すれば良かったー。」
「いやいや無理でしょ。お前じゃ学力足んねぇじゃん。」
あぁー、とうなだれる歩夢をなだめる。
歩夢の顔をまじまじと見ていると「なんだよ。」と憎たらしい声。
歩夢の方が先輩より身長も低いし、女顔なのに可愛いと思ったことは一度もない。
何が違うのかは分からないけど、決定的に何かが違うんだろう。
なぁ、と声をかけられて我に返る。
小柄でどんなに顔が良くてもこいつはやっぱり友達で、それ以上もそれ以下もない。
「今背ぇ何センチくらいあんの?」
歩夢が手を伸ばしながら言う。
「あー、この前の身体測定で180いってた。」
「は、まじ?俺と15cmも差あんのかよ、そりゃモテるわ。
サッカーやってたらモテるって聞いたのになぁ」
歩夢で15cm差。先輩はもう少し高かった気がする。
身長もそうだけどあの人は姿勢もいい。何一つとっても綺麗な立ち振る舞いで無駄がない。
さっきまでの先輩とのことを思い出してにやつきそうになるのを我慢する。
早く明日になって学校へ行きたい。先輩に会えない時間が長くて仕方がない。
歩夢は自主練の帰りなのか、ネットに入れたボールをぽんぽんと蹴りながらこっちを向く。
「颯斗はファンクラブみたいなのあるじゃん
なんか熱狂的な人たち。俺あれいないんだよなぁ。欲しいわー。」
「そんなんあんの?俺知らないんだけど。」
「はぁ?お前まじで言ってる?試合のたびに来てたじゃん!
うちの学校からも他校の子も!ひっでーやつ!」
そんなこと言われても知らないし、知ったところで興味ないし。
前までは彼女もいて、今は先輩がいるからなおのこと興味がわかない。
そんなことより先輩のことを一つでも多く知ることの方が今の自分には大事なことだし。
「てかお前にだっているじゃん。何人か歩夢目当てって聞いたけど。」
「え、まじ?でも俺には告白してこないけど?」
歩夢の丸い目が俺を映す。なんでこいつにはなにも思わないんだろう。
その歩夢目当ての女の子たちが可愛いだとかマスコットみたいだとか言ってたのは何度も聞いた。
「お前と俺がデキてると思われてるからだろ。そう聞いたけど。」
「は?はぁー?きっも!お前と俺が?はぁー、ないわー。
別に同性愛とかそういうのはどうでもいいけど、お前だけは100ないね。」
「同感だわー。世界に二人になってもお前には手出さねーな。」
二人で下世話な話をしながら歩いて、歩夢が先に家へ着く。
一人になると急にしずかになってまた先輩のことを思い出す。
少しずつでもいいから関係をすすめたい。
今日みたいに焦ってすすめて困らせたくないのに、歯止めがきかなくなる。
余裕がないのはどちらかと言えば俺の方かもしれない。
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