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第19話

手をほどいてベッドへ倒すと一瞬驚いた素振りをみせたものの、結局受け入れてくれる。 「あー…帰りたくねぇ。ね、俺にもキスマークつけて?」 「え、僕がつけるの?つけたことないし恥ずかしいよ」 そう言いながら恥ずかしそうに俺の服を捲ると胸に唇を寄せて小さく吸って離した。 「…ん、吸いにくいから颯斗くん下になって?」 そう言われて位置を逆に変えると、それはそれで騎乗位のようでムラっとくる。 一生懸命キスマークをつけようと試行錯誤してるのが可愛くて髪を撫でながら少し耳を触ると、身体をびくんと震わせた。 こういう何気ない反応の良さが自分に余裕をなくさせる。 ――もし俺以外が触ってもこんな反応すんの?絶対嫌なんだけど。 耳から首筋へなぞるように触れるだけで少し声が漏れて、吸うのが疎かになる。 もう少し邪魔すると怒った顔か困った顔で制止の声をかけるんだろう。 案の定すぐに顔を上げて言う。 「もう、邪魔したらだめ!」 顔を赤らめながらこっちを見て怒った顔。本当、分かりやすくて可愛い。 「これで限界、これ以上濃くできないよ。」 そう言って顔をあげて、自分の胸元にはほんのり赤い痕。 「優紀は下手だなぁ。こうやってするんだよ?」 そう言って上体を起こして優紀の胸元を吸うと小さく声をあげる。 本当は胸元なんて誰にも見えない場所じゃなくて見えるところにつけてやりたい。 それを誰かに、ううん違う。優紀と仲のいい、長谷部先輩(あの人)に追求されて恥ずかしがってほしい。 唇を離すと今までで一番濃い赤い痕。このまま一生消えなきゃいいのに。 軽く頭を撫でて荷物を持つ。 また月曜日ね、と声をかけると寂しそうな顔を向けて頷くから結局玄関で15分くらい過ごしてしまった。 寂しいのは俺も同じ。 でも優紀は今から一人で、だからこそ余計寂しく思うのかもしれない。 同じ家で暮らせたらいいのに。まだ学生の身分っていうのがどうにももどかしい。 帰りの足取りはどうにも重たくて思ったように進まない。 わざと忘れ物して取りに行けばよかったとか、終電近くまで粘って結局帰れなかったとか、変な言い訳して明日までいたら良かった。 今までの人にキスマークなんてつけたことも、つけてほしいと思ったこともない。 優紀にはただ本能的にマーキングしたいと思っただけ。 誰かにとられたくないとかそういう感情でつけた訳じゃない。 ――それは嘘。 たった一人、優紀と距離の近い人。長谷部先輩に狂おしいほど嫉妬してる。 俺と同じクラスに恋人がいたとしても、どうしても嫉妬してしまう。 優紀の中で、俺以外に一番の人。 結局、長谷部先輩に抱えたもやもやは晴れないまま次の日を迎えて、前みたいにボールがぶつかることなく練習を終えた。 更衣室で着替えるときに男子連中の誰かにドキッとしたり、ムラっときたりなんて当然なくて、それだけで優紀が特別なんだと分かる。 いつものように隣で歩夢が着替えていて、それを眺めていると目が合った。 「なに見てんだよ。……あ、お前!」 なに、と短く返事をするとちょいちょいと手を招いて顔を寄せてくる。 仕方なしに少し屈んで耳を近づけると小さい声で「キスマーク見えてるぞ」と言ってきた。 「ん?あぁ、気にしないでいいよ。」 「いや気になるだろ!」 さっきまでの小声の意味は、と聞きたくなるほどまぁまぁな声量。 何人かがこっちを見たあと歩夢が ごめん と手を合わせる。 別にキスマークくらい見られたってどうも思わないけど。 帰り道を歩いていると歩夢が言う。 「お前俺よりだいぶ先行ってんなー。  俺なんて彼女いたことも、そういうこともしたことねーよ。」 「いつかできるって。お前顔いいもん。ただちょっと背が低いだけで。」 何気なく出た言葉に歩夢が勢いよくこっちを向く。 驚いたような顔をしてしばらく無言でいたあと、歩夢がまた口を開く。 「背が低いは余計だけど、まさかお前の口から褒め言葉が出てくると思わなかったわ。  なに、彼女できて丸くなった?」 「なんでだよ。」 「だって今までなら俺のこと一生童貞って言って笑ってたし?」 あぁ、たしかに。優紀と付き合ってから多少は優しくなったかも。 言葉で傷付けたくないし、優紀の前であんまり口悪いの見せたくないし。 だから前よりは他の人の前でも出ちゃわないように気を付けてはいるつもり。 見栄っ張りではないと思うけど、俺のだめな面とか嫌なところは見せたくないと思う。 あとは独占欲が馬鹿みたいに強いところとか。 そんなことを思っていると考えている言葉と歩夢からの質問で同じ言葉をぶつけられて一瞬どきっとする。 「颯斗の彼女って独占欲強いの?」 「……いや、どうだろ。なんで?」 「だってキスマークって独占欲からつけるんじゃないの?」 「いやこれ、俺がつけてって…あー、ごめん。  聞かなかったことにして、恥ずかし。」 ほほー、とニヤニヤした笑いをこっちに向けてきて、ますます恥ずかしくなる。 でも優紀に独占欲なんてあるんだろうか。やきもちを妬いたところなんて見た事がない。 あの日みたいに感情をぶちまけてきたときも、独占欲については特に言ってなかった気がした。 「なに颯斗がつけてってねぇ?うはは。  颯斗がそんな夢中になってる人どんなんか見てみたいわー。  お前今までの彼女でもそんな風になったことなかったじゃん?」 「あーえっと…綺麗な人だよ。綺麗で可愛い。  素直で、すげぇ尊敬してる。今までの彼女には悪いけど、一番好きだと思う。  本当に大切にしたいと思ってる」 そう言うと歩夢は茶化すのをやめて、そか、そういうのいいなー、とだけ呟く。 そんないいもんじゃない、と言いかけてやめた。 優紀から想われてるのは分かる。でも今は自分の独占欲が強すぎて自分がしんどい。 仲良くしてるところをそんなに見た訳でもない、ただの友達だと言われてる人に想像だけで嫉妬してる。 こんなこと歩夢にも言えない。当然、優紀にも言えない。 言わなきゃ分からないって昨日自分が言ったところなのに。 歩夢と別れて、ぼーっと街灯を眺めながら歩く。 この前みたいに目の前から優紀が現れてくれないかな。 前みたいに早く帰ってきたわけじゃないし無理か。 くだらない自問自答。 当たり前に優紀には会えないまま家に着いてため息が出る。余裕のない自分に苛ついて仕方がない。 優紀の言う“自分ばっかり好きみたい”はそのまま俺にも当てはまる。 早く会いたい。こんなメンヘラみたいな考えを消してほしい。 そう思いながら家のドアを開けた。

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