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第2話

「あのっ…、奏ちゃ…」 俺は、空気に耐え切れず、奏ちゃんの名前を呼ぶ。 呼べば、彼はいつも「なあに?」と柔らかく聞き返してくれるから。 でも、今日の奏ちゃんは違うらしい。 「今は朔の声も聞きたくない。 マジでイライラする」 そう言って頭を掻きむしる奏ちゃんに、俺は怖くなって後ずさりした。 俺が、イライラする? やっぱり、奏ちゃんは俺の事なんか嫌いだったんだ。 付き合えって言っておいて、簡単に別れられるなんて虫のいい話だったんだ。 「ごめっ、ごめんなさい、奏ちゃん。 俺、なんでもするからっ、だから、そんな風に自分の髪引っ張らないで。 奏ちゃんが痛いでしょ?」 「なんでも?」と、奏ちゃんが笑う。 いつもの優しい微笑みなんかじゃない。怖い。 「し、死ぬとか以外はなんでもする! 痛いのも嫌だけど、我慢するからっ」 俺が必死に言うも、「僕はそんなこと望んでない」と一蹴された。 じゃあ、何をすれば… 「顔も見たくないなら、すぐには無理だけど、転校とか、ひ、引っ越しとか…、親にお願いしてみる。 せめて僕だけでも、どこかに…」 ドンッという大きな音がして、俺は身をすくめた。 奏ちゃんが壁か棚を殴ったようだった。 奏ちゃんが大切だと言っていたアルバムや本、ゲームのカセットなんかが床に散らばる。 奏ちゃんが物に当たっているところや暴力を振るうところを初めて見た。 そ、そんなことよりも、ぽたぽたと床に滴る赤いものに俺はびっくりした。 「そ、奏ちゃん!血が!血が出てる! 手当しないと!!」 と、俺は無我夢中で奏ちゃんの手を取る。 手の甲がぱっくりと割れていた。 「そ、奏ちゃん、これ…、縫わないとっ」 縫わないとダメなやつかも、と言いかけたところで腕の中に閉じ込められた。 「そ、奏ちゃん?」 「朔…、お願いだからどこにも行かないで」 さっきとは打って変わって、しおらしい声に俺は胸が締め付けられた。 こんな悲しそうな声、聞いたことない。 「奏ちゃんが許してくれるなら俺はどこにも行かないよ。 それより、びょ、病院!」 と、慌てて奏ちゃんを引きはがそうとするも、力が強い。 「別れるのも嫌だ。 朔はもう僕の事嫌いになった? どこがダメ? 顔?性格?それとも気持ち悪くなったとか? 性格は頑張って直すよ、直せるし。 顔は、ちょっと時間かかるけど整形でもなんでもする。 だから、もう1回好きになって。 次は飽きさせないから、お願い。朔」 凄い速さで言われて、俺は混乱する。 俺は、奏ちゃんの事を嫌いになんかなってない。 好きなところしかないのに… 「俺、ずっと奏ちゃんが好きだよ。 どこも嫌いじゃないから、変わらないで。 でも、とりあえず、病院に行こう?ね?」 俺がそう言うと、奏ちゃんは頷いた。 「病院行ったら、二度と別れるなんて言わない?」 「い、言わない」 「じゃあ行く」 そう言って、奏ちゃんは階下に降りて行った。 数秒後、奏ちゃんママの悲鳴が聞こえた。 やっぱり、重症だよね、あれ。 翌日、いつものように奏ちゃんが迎えに来た。 表情や声色もいつものように優しい。 昨日の事が嘘なのでは?と思ってしまいそうになるが、手には痛々しい包帯の跡がある。 やはり、3針ほど縫ったらしい。 何となく、あの日の事は聞けぬまま、俺と奏ちゃんは”恋人”と言う関係を保った。 でも、今日で奏ちゃんは高校を卒業する。 大学は少し遠いところ。 ”恋人”も、もう終わりなのかな。

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