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第3話
卒業式の日、奏ちゃんは同級生や部活の後輩に囲まれていて、とてもじゃないけど近づけなかった。
まあ、どうせ、家に帰ったら横田家の卒業パーティに招待されてるし、良いんだけど。
ちょっとだけ不貞腐れる。
俺だって、もう奏ちゃんに会えないかもしれないのに、皆、奏ちゃんを独り占めしててずるい。
「あ、お前…」
校門を少し過ぎたあたりで声を掛けられた。
いつかの、奏ちゃんの友達だ。
「お前、結局別れなかったな」
そう言われて、俺は「奏ちゃんが別れなくていいって言ったので」と言うと、彼は「いや、悪かったな」と頭を下げられた。
先輩に謝られて、俺は動揺する。
「え、えっと、え???」
「余計なことすんなって奏二に怒られた。
あいつなりに、卒業するまでお前の面倒見るつもりだったんだろうな。
邪魔したな」
と、彼は申し訳なさそうに言った。
「卒業するまで…」
俺にはそっちの方が引っ掛かった。
「ああ、だってもう別れるんだろ?
あいつ、絶対一人暮らしするんだって息巻いてて、遠くの大学に進学するじゃんか」
ああ…、なるほど。
そんなに俺から離れたかったんだ。
納得がいった。
いつでも朔は遊びに来ていいからって言われたけれど、俺はその住所を知らない。
その場を丸く収めるために嘘を吐かれていたのだろうか。
「じゃあな、頑張れよ、受験生」
そう言って先輩は走り去っていく。
受験生…、そうだ、今度は俺が受験生になる。
奏ちゃんに「同じ大学を目指す」と言ったら「いいじゃん!応援してる」と笑ってくれた。
でも、本当は迷惑なのかもしれない。
奏ちゃんは優しいから。
部活にすら入っていない俺は、送迎する先輩もいない。
今度こそ、さっさと家に帰った。
「朔は今日、横田さん家でご飯よね?」と母に訊かれ、あいまいに頷く。
「じゃあ、私とパパは2人で外で食べてくるわね。
ちゃんとお行儀よくするのよ?」
と言って、母は外出した。
いよいよ逃げ場がない。
っていうか、お行儀良くって、俺は次の誕生日で18歳になるっていうのに…。
横田家の夕食まで時間があるので、俺は勉強道具を開く。
奏ちゃんの大学も、無理をしないと俺には入れない。
でも…、それが迷惑だったら…?
その思いが過り、俺は勉強すら手につかなくなる。
そもそも、自分の進路を奏ちゃんで決めてしまっていいんだろうか。
ぼんやりしていると、インターフォンが鳴った。
出てみると、奏ちゃんのお兄さんだった。
「奏二じゃなくてごめんね。でも、流石に主役にお迎えのお願いが出来なかったからさ」と、奏ちゃんに良く似た顔でほほ笑む。
奏ちゃんのお兄さんも優しい。
「朔ちゃんはあまり変わらないね」と、並んで歩きながらお兄さんが言った。
「はい。背も伸びないし…、奏ちゃんたちが羨ましいです」
と、お兄さんを見上げる。
奏ちゃんもそうだけど、顔を見るには少し首が痛いんだ。
「奏二なんかデカくなって全然可愛くねぇの。
朔ちゃんはずっと可愛い俺らの弟でいてくれ」
「そう言っても…、俺だって大きくなりたいですけど」
小さいからって、子ども扱いして…
「ははっ、そういうところが変わんないよな」
と、お兄さんは俺の頭をポンポンしながら「さ、どうぞ」と玄関のドアを開けて俺をエスコートする。
「あ!!俺が朔迎えに行こうと思ってたのに!!
てか、あんまり朔に触らないで」
玄関入ってすぐの廊下に奏ちゃんがいた。
まだ制服を着ている。ボタンが全部ない。
「はいはい、うるせぇな。
まだ飯の支度、時間かかるみたいだから奏二の部屋で待ってたら?」
と、お兄さんに言われ、俺は頷く。
奏ちゃんはお兄さんたちの前では、ちゃんと末っ子だ。
俺の前では無理して年上ぶっているのかもな…、と申し訳なく思う。
「朔、部屋行こう?」
奏ちゃんに手を引かれて部屋に入る。
この部屋に来れるのも、あと何回なんだろう。
奏ちゃんが脱いだ制服を見て、「ボタン、全然ないね」と呟く。
「え?ああ、皆なぜか欲しがるよね。
3年も来てた服のボタンなんかいる?」
と、奏ちゃんは困ったように笑った。
「俺も欲しかったけど」と、思わず言ってしまった。
だって、奏ちゃんはもう制服を着ることはないから。
今日もらえた人は、”奏ちゃんの最後のボタン”を貰ったんだ。ずるい。
「え…、何?朔、嫉妬してんの?」
と、奏ちゃんが俺の顔を覗き見ようとする。
嫉妬…?そんなの、俺がするなんて烏滸がましい。
「ち、ちがっ!嫉妬じゃない!」
俺は、奏ちゃんの視線から逃れるべく、腕で顔を覆った。
「え~?」と奏ちゃんは楽しそうに笑った後、
「でも、確かに朔のボタンなら欲しいかも!
来年、絶対誰にもあげないでね。
全部僕が貰うからね!!」
と、誰かに全部あげた奏ちゃんが言う。
「誰も欲しがらないから残ると思う」
と、俺が自嘲気味に言うと「そうかなぁ」と奏ちゃんは悲しそうに言った。
俺が友達0人の話をすると、奏ちゃんは少し悲しそうな顔をする。
きっと、友達がいない俺を憐れんでいるんだろう。
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