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俺と先輩と天使①
スマホのアラームが、どうやら耳もとで鳴っているらしい。いつもはベッド横に置いているフタ付きのゴミ箱の上にいるはずなのに、今日はやけに近い気がする。
「……ストップ」
最近のスマホはとても便利だ。寝起きのガサガサ声だろうが認識してアラームを止めてくれる。
実は三十分ごとに鳴るように設定しているし、一回目のアラームということはまだ九時を回ってもいないはずだ。だからあともうちょっと、あと三十分だけでいいから二度寝をさせてくれ……。
布団を引き上げてぎゅっと包まる。すうっと思考が抜け出て行こうとしたところに、あの声が聞こえた。
「おい、また寝るのかゆうすけ? 遅刻するぞ」
そういえばなんだか、いつもよりひんやりとしている気がするし、風を感じる。
「準備した方がいいんじゃないのか、もう昼になるぞ」
声は、俺をバカにしたような言い方で告げてくる。
「まだいいの。俺は計画的にアラーム設定してるから」
「ふうん、それならいいけど。じゃ、講義ってのはなんだ、午後一番のヤツからだったのか」
じんわりと頭が起きてくる。
ちゃんと考えることができるようになってくると、この声が聞こえるのもおかしなことだと気づける。
「ちょっと待ってよ、きみなんでここにいるの?」
「あァ? 昨日も言ったろ、ここを休憩場所にさせてほしいって。だから休憩しにきた、約束通りじゃないか?」
天使は昨日と同じ悪人面の笑みを俺に向けた。
昨日と違うことと言えば、無造作に流されていた白い長髪が、今日は結ばれていたことだろうか。それ以外はなにも変わらない。
だぼっとしたティーシャツにジーパン、背中からのぞかない翼、悪い目つきに片方だけ上がった口角。よく見ればやっぱり窓は開いていて、昼の陽気がやって来ている。昨日の出来事は本当に現実だったらしい……、やってられるか!
――昼の陽気? 午後一番からの講義? どういうことだ、俺の計算が正しければまだ、午前のはず、で……。
「十一時半!?」
「だから言っただろ、遅刻するぞって」
「いやもう遅刻してるんだよ、今から行っても出席にはならないくらい遅いんだよ……」
「そうか、じゃあ今日は休みってこったな」
「さすがに三限には間に合わせなきゃ。ね、きみ、邪魔しないでよね」
「ジャマなんてするわけないだろ?」
昨日されたから言ってるんだよ、とは言わない。これから大急ぎで準備をしなくちゃならないのに、こんなやつの相手なんてしてられるか。
とりあえずベッドから起き上がって、着替えながら電車の時間を調べる。この時間帯に通学することなんてないから、ちょうどいい電車があるのかもわからない。しかもここはそれなりに田舎だ、一時間に二本出るかどうかなのに、本当に間に合うんだろうか。
あぁ、三限は先輩と同じ講義だっていうのに――。
「ゆうすけ、今なんかイヤなこと考えなかったか? 背筋がゾワッとしたんだけど」
「もう、うるさいなぁ! 俺は急いでるの、帰ってきてからにしてよ!」
どたどたいわせながら階段を走っており、食卓テーブルに上がっているお弁当を引っ掴んで玄関を出る。歩き慣れた駅までの下り坂を、転ばないように気をつけながら駆け抜ける。リュックもお弁当も考えずにがむしゃらに走った。
もしかするとあいつ、着いてくるかもしれない。そんなことを思っていたけど、駅までの道中でも、ホームで呼吸を整えているときも、あの声を聞かなかった。
まあ、あれでも天使なんだから、俺の隣に来ないってだけで空にはいるのかもしれない。そんなふうに思いながら見上げてみても、真っ青な空が広がっているだけだった。
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