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いたずら①
「と、いうことですから、まとめます。流れ星は岩石やちりが大気との摩擦により光や熱を発するものであり、隕石は簡単に言えば、それを突っ切って地球に落ちてくるもの。つまり流れ星と隕石はまったくもって別のもの、ということでもないんですよね」
教授は、スクリーンに映したパワーポイントを指さしながらしゃべる。なるほど、思いながら俺は板書を取る。けど、映された画面はさらさらと変わっていき、ノートに書ききることができない。
この教授はそういうところがある。きっと宇宙の研究が大好きなんだろうけど、教えることは研究のおまけみたいに思ってるんだろうな。
ぴぴ……、とどこからかアラームのような音が聞こえる。教授が教卓のすみに目をやり、それから少しだけスマホを操作する。
「はい、それじゃ終わりましょう。よかった、今日も十分早く終われたね、あとはいつも通り自由時間です」
この教授のこういうところが好きだ。どの講義よりも遅くはじまって、どの講義よりも早く終わる。だからと言って内容がすかすかなわけじゃない、なんならどの講義よりも濃密な時間を過ごしている気がする。
お昼前の英コミなんて、グループで雑談してたら終わったくらいだ――とはいえ、真面目な吉植先輩がいるから、他のグループよりは講義の内容について深く考えているけど。
机に広げていた教科書とノートをリュックにしまって、先輩と一緒に講義室を出ようとしたそのとき。
「あ、あぁ忘れてた。学生番号4025123の子、私のところまで来てください」
――俺だ。その番号は間違いなく俺だ。
俺はいつの間に教授に呼び出されるようなことをしたんだろうか。
この前の小テストではわりといい点を取ったつもりだし、課題もほとんど忘れずに提出している。俺より不真面目なやつだっているはずで、なんなら俺はちゃんとしている方だと思う、んだけど。
「すみません吉植先輩、なんだか教授に呼ばれたみたいなんで、先に行ってください。じゃ、また来週」
「そっか、じゃあね。また」
背負ったリュックはそのままに、小走りで教授の方へ向かって行く。
「あ、星見優亮 です。僕なにかしてましたか」
「やあ星見くん、きみのものと思われる財布が私のところに届いていてね」
教授のカバンから、見慣れた財布が出てくる。黒革の長財布。
「なにか盗られていないか確認してくれるかな。もしものときは私も協力するつもりだよ」
受け取った財布を開き、中身を確認する。入っていたはずのお札数枚はそのままあるし、小銭はどれくらい入れていたかわからないけど、たぶん抜かれていない。他にもポイントカードやら運転免許、学生証の類もすべて抜かれずに返ってきているようだった。
「たぶん大丈夫、です。ありがとうございます」
「そうかい、それならよかった。いつもきみのいくつか後ろに座っている宮前くんが届けてくれたんだ、機会があったらお礼をしておくといいよ。ちなみに、宮前くんはそこの廊下で拾ったらしい」
「そうですか、落としちゃったのかな……」
いや、そんなわけない。
財布は一応持ち歩いているってだけで、大学内で出すことはほとんどない。学食ですら財布は出さないのに、廊下で落とすなんてそんなことありえない。
大学専用の生協カードさえあれば、学食だろうが大学生協だろうがどこでも買い物ができる。それなのに、財布を使うことなんて、今までほとんどなかったはずだ。いや、絶対にない。
……宮前? どこかで聞いたような名前、だけど普段からつるんでいる人の中にはいない。誰だったかな。
というか、友だち自体、いるようでいない。大学生ってこんなもんかって思うくらいだ。俺のことを気にしてくれる人なんて、吉植先輩くらいなもので、――いや、あとシンもいるか――休日に連絡をくれるような相手だって先輩だけだ。
それに比べて吉植先輩って人は! 今度一緒に飲みに行こうと誘ってくれた。まだ酒は飲んじゃいけない年齢だと言ったら、誕生日当日に祝ってくれることになった。誰にもナイショで、ふたりだけの世界で酒デビューをしてやろうと思っている。最高の日になるはずだ!
帰路につきながら俺は、今回の財布騒動についてもんもんと考えていた。絶対におかしい。つまり、これって、スリ――?
「あぁ、やっと来たね星見」
「あれっ、先輩先にバイト行ったんじゃ」
「心配だったから、つい」
「せ、せんぱぁい!」
思わず抱きつきそうになるのをこらえて、俺は今あったことを話した。教授から落し物として財布を受け取ったこと、大学内では財布をほとんど出さないこと、宮前という学生が届けてくれたらしいこと。そして、もしかしてスられたんじゃないか、という推測。
「ふむ、それはありえるかもね。どれくらいの被害があったんだい?」
「それが――」
被害はなかった、と思う。
わざわざ他人の財布をスっておいてお札を盗らないわけはないだろうし、カード類が残っているのも不思議だ。なにもしていないとすら思わされるこの手口には、なにが隠されているんだろうか。
「それじゃあ個人情報を抜かれた、とかかな」
先輩が言うには、学生証や免許証にある住所や生年月日などの情報を盗られたんじゃないか、ということだった。
けど、俺の情報ってほしい人いるのかな?
「住所がわかっていれば、なにかを送り付けることもできるし、実際に行って空き巣なんかもできるかもしれないよね」
「でも俺実家住みですし、セキュリティもわりとしっかりしてて……」
「まあ、誰をターゲットとするか悩んで辞めたのかもしれないし、スリをしようとしてやっぱりよくないって更生したのかもしれないけどね」
「だといいんですけど」
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