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吉植翔太④*
そこは、ホテルだったらしい。エレベーターから降りて部屋に入った俺は、すぐベッドに横たえられた。
少し暗い部屋の中、天井で星のようななにかが光っている。それがライトなのか、星をイメージした壁紙なのか、それともモニターに映された星空なのか、俺にはわからない。ベッドの天蓋がぶれて見える今の俺に、正しく見えているものなんてない。
どこからか水の音が聞こえる。雨のような、でも雨にしては細かい。窓の外をうかがおうとしても、窓が見当たらない。カーテンに隠されているのか、それとももとからないのか。
どちらにしても、探そうと思うほどの体力はない。そのまま寝転がっていることにした。
しばらくすると、キュッ、と音が鳴って雨が止む。それから、かちゃ、と音がしたかと思えば、バスローブ姿の先輩が現れた。
そうか、さっきの雨はシャワーだったんだ。安心した、今日は傘も折り畳み傘も持ってきてなかったから。
先輩は穏やかな笑みを浮かべて、俺の転がっているベッドに腰かけた。
「気分はどうかな、だいぶ落ち着いた?」
「まあ、ちょっとまだ酔ってるみたいですけどね」
「そうみたいだね、顔が赤いもの」
先輩の手が頬に触れる。きっとシャワーあがりでその手も温まっているはずなのに、温度を感じない。それだけ顔が火照っているということなんだろう。
親指がくちびるに触れる。なぞるように動いて、それから先輩は口角を上げる。きれいに整った顔が、あやしくほほえむ。
あぁ、そのままキスをくれたらどれだけうれしいだろう。
そう思っていたら、先輩の顔が近づいて来た。目を閉じる。全身がこわばるのを感じる。口にも力が入る。ぎし、とベッドが軋む。先輩が手をついた、俺の腹の横あたりのマットレスが沈む。
ふう、と風を感じた。先輩の、息? そんなことを思っているうちに、くちびるに柔らかな感触が届く。すぐに離れて、けれど、ひた、となにかを感じる。濡れたその感触は――舌、だろうか? 先輩が、俺のくちびるを、なめている?
信じられなくて、けど、それでも目を開けられない。
これって現実、それとも俺の夢? 夢だったら早いところ覚めてくれ、じゃなかったら一生見ていたい!
「星見、かわいい」
触れたままのくちびるが動いて、言葉を発する。
かわいい、俺が? というかこの状況はなんだ、本当にこれって、キス? だとしたら、ここはそういう場所なのか。それならつまり、先輩と俺の気持ちは一緒、ってこと――?
「口、開けて?」
先輩に従って少し開けた口に、なにかが入り込んでくる。濡れていて、熱くて、激しく動くそれが舌だとわかるまで、時間はかからなかった。
入ってきたそれは、俺の口の中になにか探し物でもあるように、いろんなところをなめとる。ちゅ、くちゅ、といやらしい音を立てながら、いつまでも俺たちはそうしていた。
一度離れた先輩の顔は、いつもとは違う、恐怖すら感じる美しい笑みをたたえていた。
あらゆるところにくれる口づけは、とても気持ちよかった。触れられるだけでも、背骨を伝って腰に甘い響きが届く。
もう一度。ねだった深いキスでは耳をふさがれ、反響する音の中、狂いそうになりながら先輩を求めた。溶けてしまいそうだ。
「ここまで来たんだ、この先もしていいよね」
先輩は俺に覆いかぶさるようにして言った。
「でも、俺、シャワー浴びてないし、まだ汗くさいかも」
「ううん、そんなわけないよ。星見はいつもいい香りだ」
首筋に寄せられた鼻が、すんすんと空気を吸うのを感じる。それに甘噛みが続く。少し痛いのに、そんなことより心地いい感覚にしびれる。
あぁ、これから先輩とこの先をするんだ。夢にまで見た先輩と、想いが通じ合っているんだ。それだけで軽く達してしまいそうだった。
さら、と腹を撫でられる。いつの間にか服の中に侵入してきた大きな手は、脇腹を撫で、少しずつ上へやってくる。口づけが降ってくる。手は、見つけた小さな突起を執拗に撫でてくる。舌が入ってくる。たまに弾かれると、きゅんと切なく甘いうずきがやってくる。舌を絡める。
名残惜しくも、先輩の顔が離れていく。にやり、と笑みをゆがめて、それから胸の方へ移動する。まさか――。
「はぅっ」
軽く噛まれたその場所は、感じることはないと思っていたのに。腰が勝手に揺れはじめ、嫌になってしまうほど感じている。ぴんと弾かれ、なめられ、甘く噛まれ、腰が浮く。
「んっ、やだ、それ」
腰が浮いた隙に、下着ごとパンツを下げられる。熱を集めたそこが、ひんやりとした外気にさらされる。
「み、見ないで……っ」
「んふふ、かわいいよ星見」
中心をやわく握られる。自分でしか触ったことのない場所に触れられるのは、怖いと同時、ありえないほどの快楽をもたらす。気持ちがいい、よすぎる。とびそうになりながら、自分であり続けることに必死になる。
先輩がベッドから降りる。俺の足元から身体を寄せ、それに手を伸ばし、顔を近づけ――。
「ちょ、ちょっと待っ――」
熱い。熱くてたまらない。先輩が俺をくわえこんで、舌を動かしている。ちろちろとなめられては、じゅ、ずず、と吸われる。
そんなこと、先輩にさせてはいけない。そう思って身体を起こそうとするのに、なにかに阻まれてどうにもできない。手を見れば、ベッドの下から伸びてきているなにかにつながれているのがわかった。手錠のような、なにかに。
そんな俺のことを見て楽しんでいるのか、口角を上げながら、けれどそれを離そうとはしない。添えられた左手が、きゅう、とそれを締め上げる。苦しい。
「っう、んうぅぅっ」
果ててしまいそうなのに、高まっているのに、出せない。遮られて苦しい。舌が先端に触れる。なにかを探すように、穴の中に入ろうとするように、動く。
と、変な場所に指を感じた。
「そこはっ、き、きたない、から」
「汚い? 星見に汚いところなんてないでしょ?」
後ろのすぼまりに指をうずめた先輩は、安心するような笑みを見せてから、口淫を再開する。
唾液と俺の体液をまとった指は、簡単に先へと進んでいく。異物感が気持ち悪い。それなのに前をしごかれて、気持ちいいが止まらない。勘違いしてしまいそうになる。止めたいのに、身体は動かない。俺は、どうしようもない。
くに、と中で指が曲げられる。異物が動いた感覚に逃げようとするが、先輩の口が、舌が、逃がしてはくれない。
「待って、せんぱい、はなれてっ……で、でちゃ」
「いいんだよ、僕に出して?」
ぢゅう、と吸われた。左手は締め上げたまま、上下に動かされる。舌はたくみにうねっていて、もう俺は限界だった。先輩の口内に出してしまうのはいけないことだとか、そんなことは考えていられない。むしろ興奮材料になっている。
「うっ、んん……!」
どくん、ひとつ大きく脈打ち、白濁が放たれる。もちろん、先輩の口の中に。
「ごっ、ごめんなさ――」
「おいしいね、星見の」
嚥下した。信じられなくて、でもそれだけが現実で。またゆるゆると勃ちあげてしまう。
「ふふ、やっぱり星見はかわいいね」
それから先輩は、もう一度下半身に顔をうずめて、けどさっきとは違う場所にキスをされる。抜かれた指の代わりに、舌が後ろに触れる。じわじわと唾液がしみこんでいくような感覚、ふやけてしまいそうだ。
「やっ、やだって、せんぱっ」
「じゃあ、本番をはじめようか」
本番……? 掠れた声で問うけど、きっと先輩には聞こえていない。
さっと立ち上がった先輩は、近くのソファに置いてある自分のカバンをなにやら漁っている。
なにをするつもりなんだろうか。聞きたいのに声は出せないし、立ち上がることは叶わない。よく考えなくても、足にも手と同じ枷が着けられているのは確かだった。動かせない。足を閉じようとしても、長さが足りないのか、がちゃがちゃいうだけだった。
「暴れちゃダメだよ、星見」
振り向いた先輩の手には、大きな緑色のポーチがある。なにが入っているんだろう、これから俺はなにをされるんだろう。
これが興奮なのか、もうわからなくなっていた。
戻ってきた先輩は俺の傍らに腰をおろし、穏やかにほほえんだ。それからポーチを開き、なにかを取り出す。ピンク色の楕円形のなにかを。
「じゃあ、遊ぼうね星見」
その先につながった四角を操作して、先輩は楕円を俺の乳首にあてがう。小さく振動しているそれは、俺の性感帯をくすぐる。
「ひっ、んんっ」
「もうひとつあるんだよ、もちろんね」
「いやっ、やだぁっ!」
両胸にあてられたそれは、ポーチから出てきたテープで固定される。
今、なにが起きてる? 信じられない。愛のある行為をすると思っていたのに、これじゃ、俺は吉植先輩のおもちゃじゃないか。
どうにか抵抗したいのに、両手両足は固定されている。胸に広がる甘い響きを取り除くことも、先輩を止めることもできない。
おかしい、先輩は誰かに操られているに違いない。じゃないと、そうじゃないとおかしいだろ。
「うふふ、まだまだあるからね?」
立ち上がった先輩は俺の下半身を見つめる。次にポーチから出てきたのは、不思議な形の大きな筒だった。見たことのあるシルエット。それはきっと、なにをされなくてもわかる――オナホールというやつだ。
勃ちあがっているそこに視線が移る。まずい、絶対にまずい。今そんなものに入れられたら――。
無駄と知りながら、足をばたばたさせて抵抗する。
先輩に当たってしまっても仕方ないと思った。むしろそれで正気に戻ってくれれば、とすら考えていた。けど意味はない。こっちはそれなりに酔いが覚めていなくて、けど先輩はまったくお酒の影響を受けていないんだから。
「危ないでしょ、動かないで星見」
くそっ、どうしたらいいんだ。
穏やかすぎるほどの笑みを浮かべた先輩が、俺のものを少しだけしごき、それから筒を被せる。にゅう、と密着してくるそれが、俺を高みに連れていく。
「まだあるんだよ、うれしいでしょ?」
「っは、どういう……」
じゃじゃーん。言いながらポーチから出したのは、はじめて見る形のものだった。筆記体のTのような見た目のそいつに、先輩はローションを馴染ませている。
それをなにに使うのか、一ミリもわからない。もともとお酒で回らない頭が、気持ちよさにどんどん動きを鈍らせていく。
「よし、いってみようか」
ぐ、と尻を持ち上げられ、後ろに指が触れる。まさか――、思ったときにはもう遅かった。ぬる、とそいつが入ってくる。異物感がさっきよりも気持ち悪い。それなのに全身気持ちよくてなにもわからなくなる。もしかしたらそこも性感帯なのかもしれない、なんて思ってしまう。
「ううっ、んぁあ」
涙がつうと頬を流れる。うれしくない、全然楽しくもない。なんだこれは、先輩と気持ちが通じあったんじゃなかったのか。これじゃあ、俺は遊ばれている、だけ、じゃ……。
思考が遅くなっていく。なにかを考えることを拒否しているみたいに。
遠くで笑い声が聞こえる。きっと先輩がいつもみたいに笑っているんだ。こんな無様な俺を見て、楽しいって思ってるんだ。
そうか、こうするためだったんだ。こうして誰かで遊びたかった先輩にとって、俺はとんでもなく扱いやすいカモだったんだ。そう考えるといろんなことに納得がいく。だってこんなもさっとした男に、こんなにきれいな人が構ってくれるわけない。騙すためだったんだ。
あぁ、俺ってきっとこうやって死んでいくんだろうな。そんなことを思っていると、後ろに入っているものが、徐々に動きはじめる。
「んっ、ひぃっ、ぁあ、あ」
「効いてきたかな?」
俺は今夜、先輩と愛のあるセックスをするんだと思っていた。それがなんだ。こんなふうに、俺にいろんなものを着けて。
俺ってなんなんだ。人間、なんだよな。最初からおもちゃだったんじゃないかとすら思わされる現状に、けど、どうにもできない。
「あっ、あぁっ、ん」
喘ぎ声をあげることしか、できない。
――がちゃ。
遠くで乱暴に扉を開ける音が聞こえた。誰かが入ってきたらしい。
そうか、これから何人かで俺をまわすんだ。そのためにこうして馴らされているんだ。本当に男でも性被害にあうことってあるんだな。
そう思っていたのに、入ってきたのはひとりだったらしい。それも、先輩に敵意を持っている人がひとり。
はじめに聞こえたのは、ぱちん、という音。
「あのなバカヤロー、アイツはオレのもんなわけ! アンタが気軽に触れていいような人間じゃねえんだ、おわかり?」
怒鳴る声がいくつか続いて、俺に入っていたものやら着けられていたものが順番に、優しく取り除かれていく。
最後に手足を自由にしてくれたその人は、俺をぎゅうと抱きしめてくれた。ぼろぼろの俺に、なにも見えていない俺に、希望のような光をくれた。
「ゆうすけ、ごめんな……」
耳もとでささやいたその声は、確かに聞いたことのある声だった。
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