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シン①

 重たいまぶたがうっすらと開く。そこはやっぱりまだホテルの一室で、けど違うのは、ここがソファの上らしいということ。  どうやらシャワーにでも入れてくれたのか、髪が濡れている。それにもう裸じゃない、バスローブを着ているようだ。ふわふわ。  遠くから誰かの声が聞こえる。 「アンタ、ホントそれでも人間の擬態(ぎたい)できてると思ってんのか」  シンの声だ。こんな怒ってるの、はじめて聞く。 「きみこそ、やりたい放題やってるみたいだけど、それでも天使のつもりかい?」  吉植先輩の声だ。ここまで冷たい口調、聞いたことない。 「はっ、アンタに言われたかないね」 「僕の方こそ、きみになにか注意される筋合いはないよ」  このふたりがこんな言い合いをするなんて、考えられなかった。もっとも、知り合いだなんて知らなかったから。  けど、そうか。ここまで仲が悪いから、俺にも教えてくれなかったんだ。  身体が動かない。重たくて痛くて、指先ひとつだって動かせない。 「妖精だかなんだか知らないけどなァ、やっていいことと悪いことの分別くらいつくんじゃねえの。いくらいたずらが好きだろうがなんだろうが、これは許されることじゃないってわかるだろ! このクソガキが!」  ――今なんて言った? 「だったらきみもそうだよね? 天使だからって、ひとりの人間に干渉しすぎだよ。あとね、僕はきみと同じかそれ以上人生を楽しんでいるんだ、僕がガキならきみもガキだね」  俺の働かない頭では理解が追いつかない。  妖精? 先輩はシンが天使だって知ってる? どうして……。あぁいや、知り合いだったら当然か。いや、当然なのか? 「業務外でもがんばっちゃって。そんなに好きかい、星見のことが?」  ――は、好き、だって? シンが、俺のことを? 「っるせえ、んなわけねえだろ!」  どおん、と頭に響く大声。こめかみが痛む。  もう、目を開けていられない。意識が落ちていく。  あぁ、シンって俺のことそんなに嫌だったんだ。少しくらい好いてくれていると思ってたのは、俺の勘違いだったんだ。こんなに、声を荒げるくらい、俺のこと、嫌いだったんだ。  それもそうだよな、あんなふうにケンカしたんだ、俺はシンのことを悪魔だなんて呼んだんだ。嫌われるくらい、当然だよな。  にじんでいく視界は、すぐにまぶたでふさがれていく。  あれ、でも俺、どうしてこんなに悲しいんだろう。 「そんなんで、天使なんてやってられるかよ……!」 「ふうん、そう。きみがそうしていたいならいいけど、星見はかわいそうだね」  耳だけが情報をキャッチする。もういらないのに、もう聞きたくもないのに。 「アイツは、かわいそうなんかじゃねえよ」  そっか、天使のシンから見たら俺は、かわいそうでもなんでもないのか。 「ゆうすけは、オレが――」  その先を聞く前に、俺はまた気を失った。

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