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宮前紅壱郎③

 俺の席の後ろにいた金髪ツインテールがこうちゃんだとわかって以来、宇宙科学は四人で近くに座って受けることになっていた。その並びにシンがいるのはもうおなじみになってしまっていたから、見渡してもどこにもいない今日が心の穴をくすぐる。教授も、知らない学生がいると思ってはいたようだが、注意をする気はなかったらしい。めんどうなことになっても嫌なので、それには助かっていた。  今はいないのに、いや、いないからこそ、シンのことばかり考えてしまう。 「続いて彗星(すいせい)ですね。彗星は太陽の周りをまわっている氷の塊で、太陽に近づくと尾を見せるのが特徴です。日本では『ほうき星』とも呼ばれています。見たことある人もいるかな、この尾、実は二本あるんですよね。プラズマの尾と、チリの尾。スライドに映しますね」  教授の声が、言葉が、説明が、右側の耳から入っては左から抜けていく。どうにも集中できない。  左隣に座っているこうちゃんから、ノートの切れ端が届いた。こんなことするの、中学生ぶりだ。  ――このあと、ふたりでこっそり、プラネタリウム行かない?  さっと右側を見てシンの様子をうかがおうとして、その不在を突き付けられる。  あの天使は、あの日から俺の部屋にも来なくなった。どこを探してもいないし、現れる様子もない。天使のはしごを見てもいない。  切れ端に「いいよ」と書き加えてこうちゃんに返す。それを見たこうちゃんは、うれしいような驚いたような表情になった。  好きな星空を見ることで、俺の気分も晴れるかもしれないと思ったから。安らかな場所に行けば、なにもかも忘れられるかもしれないと思ったから。シンのことなんて、考えなくなるかもしれないと、思ったから。  そのためにこうちゃんを利用するようなことになって申し訳ないとは思うけど、きっとこうちゃんと一緒にいればなにも考えなくてすむ。俺に「かわいい」と「楽しい」を提供してくれる、本当に好いてくれている相手だから。  そんなことするなんて、それじゃあシンと一緒じゃないか、なんて心の声は聞かないことにした。 「ね、ゆーくんボクと結婚してくれる気になったってこと?」  講義が終わって開口いちばん、こうちゃんはそう言った。先輩は、いつもより早くバイトに行かなきゃいけないとかで、すぐに講義室から去っていったから、もう俺たちふたりきりみたいなものだった。 「そんなことは、ない、けど」 「えへへ、でもそんなことはいいの。デートしてくれるだけでボクはうれしいから」  本物かはわからないけど、この恋心をこれから利用しようとしていると思うと、胸がきゅうと縮んだ。  けどそう、どうしてもシンのことが忘れられないなら、こうちゃんと付き合ってみるのも悪くはないと思う。きっとシンなんかより俺を大切にしてくれるだろうし、シンなんかより好いてくれるはずだ。だってあいつは、俺のことが嫌いなんだから。  って、なに考えてるんだよ。それじゃあ俺、あいつのこと好きだったみたいじゃん。自嘲気味に笑ったところをこうちゃんに見られた。 「本当に大丈夫なの、ゆーくん? あのうす紫とケンカしたんでしょ」 「ケンカなんて、そんなたいそうなものじゃない」  こうちゃんにもやっぱりシンは見えていたらしい。「うす紫」と呼んでいるとは思わなかったけど。 「そんなことより、ほら、早くプラネタリウム行こうよ」 「そうだね、楽しみだなあ」 「こうちゃん、もしかして俺が星好きだって覚えててくれたの?」 「もちろんだよ! だって将来のダンナさまのことだもん!」  いつもなら訂正を入れる発言につっこむ元気もない。  こうちゃんのことだ、俺の元気のなさはバレてるんだろう。心配そうな顔を見るとそう思う。

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