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宮前紅壱郎④

 電車から降りた俺たちは、いつも通り腕を絡めながらプラネタリウムに向かう。足取りが軽くて飛んでいきそうなこうちゃんと、どうしても足があがらない俺と。  プラネタリウムは、大学から地下鉄とJRを乗り継いで、少し歩いた先にある科学館に併設されている。一階にプラネタリウムがあり、二階三階には宇宙科学やら地学、なんなら体内環境を学べる設備まである。幼い頃から科学に興味があった俺にとっては、中に入れる宝箱って感じだ。  受付でチケットを購入し、開かれた大きな扉をくぐるとそこには、星空が広がっている。  映画館のような、けれどそれよりも上向きの席に座り、作られた星空を見上げる。上映はまだはじまらないのに、こうちゃんがいることも忘れて見惚れてしまう。 「本当に星が好きなんだね、ゆーくん」 「うん、大好きなんだ」  いつか、夢で見たことがある。  小さな頃、たぶん小学校中学年くらいのときだ。屋根にあがって、このまま飛べたら一等星に触れることができるのだろうか、なんて手を伸ばした。ただ、足を踏み外した俺はそこから落ちる。二階からゆっくりゆっくり、落ちて行った。俺に飛べる力があったらこんななのかな、落下しながらそんなことを考えていた気がする。そこを、誰かに救われた。  その誰かは俺を抱きかかえ、そのまま夜空を飛びはじめた。俺はその人の腕の中で、一生懸命になって手を伸ばした。もしかしたら星に手が届くかもしれない。もしかしたら星と友だちになれるかもしれない。星空が近づくたびに、俺は願った。  結局、星と手が触れ合うことも、友だちになることもできず、夢は覚めた。夢にオチもなにもないだろうけど、小学校の屋上に降り立つなんていうラストには、思わずため息が出る。どうして夢だっていうのに現実的な場所で終わらなければならなかったのか。今でもはっきり覚えている分、不満もはっきり残ってる。  それよりも前から星空は好きだったが、あの夢を見て以来、より好きになった気がする。というか、星空も自分の一部のように感じるようになった。そんなわけもないのに。  頭上で繰り広げられる星空のストーリーは、さらさらと流れては消えていく。星と星をつないで、アステリズムを描いていく。  どうしてだろうか、あの夢が本当のことだったように思えてならない。けど、事実だったとして、誰が俺と一緒に空を飛んだというのか。そんなこと、天使や妖精にしかできない芸当なのに。  今でこそ天使を信じている――というか、実在すると知っているけど、あの頃の俺だったらどうだろうか。「オレか? オレはな、天使だ」なんて真顔で言われて、すぐに信じられるような純真無垢な小学生だったろうか。  目を伏せて、思わず鼻で笑う。きっと信じただろうな、と思ってしまった。星と友人になれると信じていたんだから、天使くらい、目の前に現れても動じなかったはずだ。  真面目な天使さまって、なんだよ。全然真面目でもなんでもないじゃないか。なんのために来たか教えてくれたっていいじゃないか。だったら俺も納得してきみの道具になってあげられるのに。どうしてなにも言ってくれないんだ。  どうして、どうして嫌われなくちゃいけないんだ。俺は、こんなにも――。 「ゆーくん?」  いつの間にかプラネタリウムの上映は終わっていた。周りの人影ももまばらになっている。どうやらもう終わってからしばらく経っているらしい。それなのに待っていてくれたこうちゃんは、あんな天使よりも優しい。  それなのに。どうして俺は、こうちゃんじゃなくて、あんなやつのことを。 「ゆーくん、なんで泣いてるの?」  頬に手を持っていくと、しずくが触れる。こうちゃんが言った通り、俺は泣いているらしかった。自分でも気づかなかった。泣くようなことでもないのに。 「プラネタリウム、そんなに感動しちゃった?」 「あぁ、いや、……その」 「違うんだよね。ボクにはわかるよ」  こうちゃんは俺の前に立ち、それから俺の座席の頭に手をついた。 「ね、ゆーくん。ボク、あんなやつより、ずっとずうっとゆーくんのこと大切にするよ? こんなふうに泣かせたりしない、寂しい思いなんてさせない」  もう一方の手が、頬を包むように触れて、俺の涙を拭う。その手が温かくて、忘れていた体温を思い出すようだった。 「だからさ、ボクの恋人になってよ。ね?」  小首をかしげるこうちゃんはかわいい。「かわいい」を追求しているだけあって、きっとそこらのモデルよりもかわいい。俺の隣で歩いている様子は、傍から見れば恋人同士に見えることだろう。こうちゃんと一緒にいれば、楽しくて、愛しくて、つらいことなんてほとんどない。きっとそんな日常をくれる。  けど、それでも、俺は――。 「ごめん。俺、……シンのことが好きみたいだ」  ふ、とこうちゃんの顔に影がさしたように見えた。けどすぐにそれは消えて、いつものはつらつとした笑顔になる。 「あーあ、こんなにかわいいゆーくん、ボクが独り占めしたかったのになぁ」  もったいない。つぶやきながらこうちゃんは帰り支度をする。  じゃあ、これが最初で最後のデートか。そんなことを言いながら、俺の手を引いて立ち上がらせる。  きっとわかっていたはずなのに、俺が告白を断るって知っていて、想いを伝えてくれたんだ。俺の心の奥底で眠っていた、恋心を自覚させるために。  こんな友だちを持てて、俺は幸せだ。 「いいよ、応援してあげる。だからさ、フラれたら、ボクと付き合ってね?」 「ありがとう、こうちゃん本当にありがとう」  なおもあふれだす涙を拭いながら、つないだ手にしがみつく。科学館を回るに回れなくなってしまった俺たちは、広場のベンチに座って、俺が落ち着くまでそうしていた。

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