7 / 12

第7話 水滴

相変わらず空は重たい雲を抱えていた。 商業施設が立ち並ぶ街中、静也は表の道を陽介と歩いていた。手には映画館で購入した映画冊子の入った紙袋。 「はあ〜観てよかったなあ」 「面白かったな」 巷で流行っているアクション映画、休日のスクリーンは満席とは言わずもそれなりに人が多かった。絶賛大人気女優や男優が出るとのことで男女問わず人気のようだ。 映画館から出た2人は休憩がてら手短なカフェに入る。 ゆったりしたソファ席に腰を下ろす。 「俺、アイスコーヒー」 「じゃあ、俺はアイスカフェラテお願いします」 注文を受けに来た女性スタッフに静也がメニューを見ず注文する。その間にメニューを見ていた陽介がやや慌てたように、自分の注文を次いで伝える。 女性スタッフが注文内容を確認すると人のいい笑顔を崩さず去っていった。 「いやー、まさかノア様アクションもできるなんて思ってもなかったなあ」 注文を終えると話を始めたのは陽介。 ノア、の名前に静也は数日前の会話を思い出す。 「そうだな、それは俺も思った」 一応モデルという括りと思われるノアだが、最近ドラマや映画でもちょいちょい見るようになってきた。演出者たちの間で、演技力があるとかなんとか評価が高いらしい。 バラエティで見る彼は基本的にクールで発言に容赦がない。ニコリともしないその様子から使い勝手の悪そうなやつだと視聴者からは思われているが、裏ではそうでもないのであろう。 映画に出てくる彼はセリフや場面に合わせて表情をコロコロ変えていた。 「続編もどうなるか気になるな」 「もう、続編の話出てるのか」 陽介は静也を今回に映画に誘ったように大の映画好き。邦画に限らず、洋画や訳のわからない海外物の映画も追っていたりする。そのため映画に関する情報の吸い上げが早いので、こうして静也の知らない情報が度々出てくる。 「次の主役は違うっぽいから静也は興味ないか」 「いや、普通に続きが気になるし、なんで俺がノアファンってことになってんだよ」 周りからのイメージが固定され過ぎてないか、と静也は眉間に皺を寄せる。 陽介はそれなら次も一緒に行こうと決まらない予定の約束をしてくる。 「失礼します、アイスコーヒーとアイスカフェオレになります」 映画の話、主にノアの話に華が咲く中女性店員が注文した商品を持ってきた。氷がカランと音を立ててグラスが机に置かれる。 室内とはいえやや湿度の高い空気にグラスが少し曇っている。 「そういえば、最近お前バイト始めたんだって?」 話す内容が途切れたことをいいことに、静也はちょっと気になってたことを陽介に訪ねる。 「ああ、始めたっていいうか、しばらくしてなかったけど再開って感じ」 「ふーん、いいとこ?」 「まだ始めたばっかりだから、どうかな、でも結構良さそうだよ」 陽介が最近始めたバイト、確かバーのホールだったよなと静也は他人から聞いた情報を思い出す。陽介も静也同様一人暮らし。田舎の実家からでは大学に通えないので、アパートを借りて住んでいる。生活費の足しになればと大学が忙しくない限り、バイトをしている様子である。 「俺もバイトしよっかな」 「あー、まあ、お前んとこ特殊だからな、好きにすればいいんじゃね」 「気が向いたら、考えよ」 “特殊”このことについて否定もしない静也。バイトについてはまた検討だな、と考えるのをやめた。 机に置いてあるコーヒーがじわじわ汗をかいてコースターに落ちていく。 「やあ、こんにちは」 「「!??」」 静也がアイスコーヒーに手を伸ばした時だった。 ストローを咥え、顔をあげた瞬間そこに見知った顔がいて声をかけてきた。 「ニルス……」 「オーナー!こんなとこで奇遇ですね」 「え?」 静也が顔を認識して驚いて名前を口出す。同時よりはやや遅れて陽介が口を開いた。 陽介の「オーナー」の言葉の意味が一瞬わからないまでも、今までの会話からなんとなく察せれて余計に静弥は驚く。 「やあ、陽介くんと静也くん。映画館で君らを見つけてね、着いてきた訳じゃないけど窓から君たちが見えたから」 そう軽快に話すのは数日前にふと現れて消えた男、ニルス。 ニルスは陽介を知っているようで、笑顔で2人が話をしている。そして何食わぬ顔で陽介の隣に腰掛けた。 「静也、お前オーナーと知り合いなのか?」 驚きにしばらく黙っていた静也に、何も知らないであろう陽介が話を振ってくる。静也はあれこれ考えていたが、陽介の声に現実に引き戻されハッとする。 「あ、ああ」 なんと返答していいか分からず静也は肯定するので精一杯になる。説明のし難い出会のせいで、上手い嘘も出てこない。 「へえ、まさかこんなところで知り合いって面白な」 陽介が嬉しそうにお互いの知り合いがいるんだなって明るく笑う。静也はそんな楽しい関係じゃないために、明るい表情ができず、合わせて一応笑顔を作るが多分引き攣っている。 ニルスも「偶然だね」と陽介を見てニコニコ人のいい笑顔をしている。 「君たちの話を聞きたかったけど……ちょっとごめんね」 不意にニルスの携帯から着信音が鳴る。 ニルスは部が悪そうにそれを取り出すと、惜しい顔をしながら店内から出ていく。カバンが置き去りなので、多分また戻ってくる。 ニルスがいなくなったことに静也は安堵する。 「オーナー忙しそうだな」 「そうだな、陽介のバイト先のオーナーってあの人なんだ」 何の情報も知らない、いや正しくは重要事項は知っているけどそれ以外全く知らない男の一部の顔を見た。外で電話の対応をするニルスは誰と話しているのか手振り身振り動いている。 「なあ、陽介」 「なんだ?」 「あー……やっぱいいや」 ニルスの他の情報が気になって静也は陽介に訊ねようとしたが、そうするとこちら側の話も必要になってくる。静也は余計なことを知る必要はないか、と聞くのをやめた。「なんだそれ」って笑う陽介に謝りながら半分ほどになったコーヒーに口をつける。 「この後は解散でいいか?」 静也は陽介の提案に頷き、置いてあるカバンの主が戻ってくるまでスマホを弄ったり残ったドリンクを飲んだりして過ごした。

ともだちにシェアしよう!