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第9話 水面で踊る(2)

「はーーー、疲れた」 「お疲れ、ありがとう」 シャワーを浴びてリビングに戻ると、静也はいつものソファに沈み込んだ。先ほどの惨状を片付け、やっとシャワーを浴び、ひと段落ついたのだ。 隣のニルスが「ごめんね」とも謝りながら礼を口にする。 「……お前、どして“ああ”なったの?」 静也は崩れて中身が一緒くたになった惣菜に手を伸ばしながら、隣で涼しい顔をするニルスに問いかける。 「ああ、付き合ってたけど興味がなくなって振ったら刺されただけ」 だけってどう言う意味だよってツッコミを入れたくなる衝動を抑え、静也は惣菜を口に運びながら「へー」と返す。ニルスはそんなこと聞きたいんじゃないだろって静也の顔を覗き込む。 「俺の肉体構成は液体、その構造を変化させて人間でいる。もちろん前も言ったように俺はよっぽど死にはしない、けど君たちと構造が一緒だから痛いは痛い、痛みで動けなくなってたとこに君が来てくれたってこと」 ニルスの言っていることに現実味がない、けれどまざまざと見せつけられているから信憑性は高い。静也は「へー」とか「ふーん」とか適当に相槌を打つ。 「本当に助かった、雨の中じゃ不純物の排除と再構成に時間がかかりすぎるからね」 ねえ、聞いてる?と言わんばかりのニルスに静也は相変わらず相槌を適当に打つ。もう先ほどの現象のせいで頭のキャパが一杯一杯になっている。 「ねえ、静也くん。お礼をさせてよ、前回のことだって君、何も言ってきてないよね」 「お礼って言っても……そもそも、起きたらお前いないから頼み事も何もできないだろ」 話がニルスの説明からお返しの話に変わった。 そういえば前回泊めた時に言っていた気がする。「なんでもいいよ」確かそんなことを言っていたと静也は思い返す。 暫く上を見ながら考えるもそんな直ぐに出てこない。そもそも、もう今日の脳みそが働きたくないと思考を回してくれない。 「……じゃあ、頼むから急に現れたり消えたり、大怪我したりしないでくれないか?」 今思いついた最速のお願い事。 こんなに疲れたのも、慌てたのも、頭が回らないのも全部が全部ハプニングかってくらい急に訪れるからなんじゃないか。静也が出した着地点はそこだった。これが前もってわかってたり、心の準備ができていればさほど疲れないだろう。 「あー、じゃあ……暫く俺を置いといてよ」 「それで解決するなら……ん?え?」 解決策を出されたし、それでいいやと思って返事をしてしまった。でも、いやちょっと待て――なんか全然よくない気がするぞ……。 けどもう返事しちゃったし、訂正するのも妙だよな、って、動かない頭が言い訳してくる。 「安心して、ちゃんとお金も入れるし、家事もする」 「ああ、そう」 今日は無駄なことを考えたら負けだ、そう思った静也はニルスの意見に頷き細かいことは気にしないことにした。 この同居が、静也の静かな日常を大きく変えていくとは、まだ想像もしていなかった。

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