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第11話 梅雨明け(2)

待ちに待った週末は案外早く訪れる。 蒸し暑さもどんどん進み、日が暮れても温度が下がらず汗で張り付くTシャツが鬱陶しい。 金曜日の夜、静也は恋人である美咲と落ち着いたカフェでディナーセットのメニューを眺める。 「静也くん、どれにする?」 美咲はあれもこれも美味しそうと半ば独り言に近い言葉を溢しながら、静也に訪ねる。 「俺はコレかなぁ」 静也は美咲の問いかけに、メニューを指さして答える。美咲は「それもありかぁ」と更に悩むことになったようだ。 「静也くんって好き嫌いありそうな顔してて、あんまりないよね」 美咲はこれだ!と決め切れたようで店員を呼ぶコールボタンを押す。 「いや、別にあるよ、あるけど嫌いでも食べれるってだけで」 静也は目の前でニコニコ笑いながら話す美咲に、そういえば前食事を一緒に行ったのがいつだったかを考える。このところ、変わった同居人のせいで色々と心が休まらなかったり、生活が変化してバタバタしていた。夏休み前ともあって試験やレポートの提出なども絡んで、忙しかった。 (1ヶ月……会ってなかったな) 静也は今月会ってないこと、正確に言えば校内以外で会ってない事に気付いて日数を考える。別にわざと放っていた訳ではなく、気が付いたらそうなっていたとは言え恋人としてダメだよなって考えが浮かぶ。 これから暫くは大学も休みに入るし、時間がある。折角の夏だから夏らしいことをしようと色々と思い馳せていると、ディナーセットのサラダとスープが机に置かれた。 「いただきます……わあ、美味しそ〜」 「そうだね」 運ばれてくる食事にテンション高く声を上げる美咲、SNSに載せるんだろうかスマホで写真を撮っている。 「そう言えば、美咲今日話があって俺のこと呼んだんだよな?」 忘れていた。そう言う訳ではないが、他愛ない話と食事ですっかり忘れていた。 テーブルにはデザートになるフルーツカクテルが運ばれ、食後のドリンクと共に並んでる。 話すきっかけも出てこないので静也が切り出す。 「あのね、お店出てからでもいいかな?」 美咲は静也の言葉に少し困った顔をした後、もう少し待って欲しいと返す。 静也は特に深く考えるでもなく「わかった」と返事をして半分残っているコーヒーを飲み干す。 荷物をもって、財布を片手に会計と書かれたカウンターに伝票を持っていく。 「今日は時間作ってくれてありがとう」 外の空気はまだ湿度を保って温度が高い。空調の効いた室内とは打って変わって酷く空気が重たい。 店の扉を潜って、そういえば話はと静也が自然と美咲に振り向く。 美咲は振り向いた静也に足を止めて笑顔を作る。 「忙しい時期過ぎたし、大丈夫」 静也は「自分も会いたかった、これからはもっと時間を作るようにする」と言うことを話そうとして口を噤んだ。 「あのね、私ちょっと前から考えてたんだ」 美咲の視線が静也の顔から足元に移動する。両手を体の前で組ませて落ち着かない様な仕草が視線に入る。 「静也くんが悪いとかじゃないんだけど、私、別れて欲しいの」 言葉尻がどんどん小さくなって行く声に耳を澄ましていたら、静也は思いがけない言葉に一瞬何を言われたか分からなくて頭にはてなが浮かぶ。 美咲は更に顔を下に向けながら、それでも言葉を続けていった。 「静也くんが忙しいのも、先輩だから仕方ないのは分かってる……付き合ってって言ったのも私だけど、やっぱり寂しくて。今日も会っても素っ気ないし、別のこと考えてるし……これが続くって思ったら辛くて」 静也は美咲の言葉が耳に入ってくるスピードに頭が追いつかず、返事のタイミングを忘れる。 まさか振られるとは思ってなかった。色々なパターンをシュミレートはした。夏休みで出かけたいから、同居したいと言われるまで。 それのどれも意味のない妄想に過ぎなかった。 そもそも大した話なんてされるとも思っておらず、普通にデートして終わるだろうそれくらいの感覚でもあった。 「……そっか、分かった」 口から出たのはそれだけ。 「……今日、楽しかった、久々に話せてご飯食べれて」 美咲は顔を上げることなく、今日の感想を泣きそうな声を抑えて話す。 何か言わないと、そう思った静也だったがいつもの回る頭はどこへいったのか何も浮かんでこない。 「それじゃあね」 美咲の背中を見送りながら暫く歩道に立ち尽くす。 本当だったら引き留めるとか、やり直そうとか、何か言えばいいんだろう。しかし、静也にその選択がなかった。今までの恋愛でやらかしたことが薄々浮かんで言葉が出てこない。 生ぬるい風が体の隙間を抜けて行く感覚に、多少動いた頭が家に帰ろうと指示を出してくる。 こんなところで突っ立っていても時間の無駄、と冷静な部分が声を発する。 静也は家に帰るため、近くの駅に向かって足を動かすことにした。

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