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第12話 梅雨明け(3)

玄関がガチャリと開く音がリビングに届く。 ニルスは他人の家のソファでくつろぎながらTVを何気なくつけて観ていた。 「おかえり」 今帰ってきたと思われる家主を確認することなく、ニルスはTVに顔を向けたまま言葉を発する。 TVでは家主、静也が推してるアイドルのノアがステージで歌っている。華やかなステージに劣らない高身長に整った顔、男であればどれに嫉妬しても足りない完璧な男。前列にいるのは殆ど女性で黄色い歓声を上げて手を振って飛び跳ねてと楽しそうである。 それにしても玄関の音がしてから全然静也が家に上がってこないことにニルスが疑問を持つ。 まさか家を間違えた酔っ払いか?変質者の可能性?実際顔を確認してないから静也でなくても分からない。 ニルスはソファを立ち上がり玄関を確認しに行く。 仮に強盗だとしても全く問題はない。引き返してもらうか、やられたフリをするか、返り討ちにするかと謎の脳内会議が始まる。 「玄関がお気に入り?おかえり、どうしたの?」 脳内会議は玄関に立つ静也を視界に捉えた途端、全く意味のないものに成り変わり解散する。いや、そもそも仮にそうでも無意味な脳内会議ではあるのだが。 「……」 静也は特に言葉を発することはせず、ニルスの顔をチラッと見ると靴を脱ぎニルスの横をすり抜けて部屋に上がっていく。 (ご機嫌斜めかな?違うな、機嫌が悪かったら今のことに食いついてくる筈……出先で何かあったか?) ニルスは無言で抜けて行った静也の背中を見ながら、先ほどの無意味な脳内会議を再集結して様子のおかしい静也について考える。 「静也くん、今日は……確か恋人と出かけてたんでしょ?何かあった?」 先ほど自分が座っていた場所に静也が身を投げて座っていた。 ニルスは横に腰掛けると顔を覗き込む。覗き込んだ先には今まで見たことがないほどに脱力して生気のない顔。 ニルスはこれは何かあったな、と思い今日どこへ行くか言っていた場所を思い返す。確か、最近できたカフェだった気がする。そして、静也が大学終わりでも会いそうな人物。そもそも友人の少ない、というか陽介ぐらいしか友人のいない静也。陽介は今日、バイトのシフトが入っている。 こんなに誰に会っていたかわかりやすい奴そういないよな、と思いながらニルスは大方正解だと思うことを問う。 (外れたら外れたで、逆にここまで落ち込むって理由ってなんだ?) 静也はニルスの声に特に反応することなく、天井を見ている。 ニルスが違ったかな、これは触らない方が先決?と思っていたら静也の目線がニルスの方に動く。 「なんで知ってんの?俺、言ったっけ?」 静也の顔色に変化はない。言い方にやや棘はあるが、割とそこはいつも通り。 「いや聞いてないよ、君の友人はバイトでしょ?それに学校終わって行くって言ったカフェ、雰囲気として夜は女の子ウケが良くて、女の子たちかカップルが多い……そんなとこ」 「……」 静也はそれを聞くと「あ、そう」みたいな顔をしてニルスから視線を外す。 なんとも言えない部屋の空気にニルスは居心地の悪さに自室に行こうか考え始める。 すると、静也が口を開く。 「美咲、俺の“元”彼女と行ってた……料理はまあ、値段の割に普通だった」 元、わざとつけたそれにニルスは納得する。美咲という人物の話は薄々静也がするので、彼女ということや年下であることは知っている。陽介経由でもなんとなく聞いていて、可愛い雰囲気の女の子で美咲の方から付き合ってくれと言ったらしい。 「そっか、今度行こうと思ってたけどやめておくよ」 ニルスはあえて店の話題のみに触れる。ストレートに返せば多分、話してくれない。 「……俺、恋人と一年続いたことないんだよ」 「そっか、それはどうして?」 静也は天井を仰ぎなら口を動かす。重だるい雰囲気が部屋に漂って、なんだか息苦しい。 ニルスは静也の顔を見ながら話をしっかり聞くために、体を斜めに向ける。 「元々は束縛がしんどいって言われて嫌われることが多かった……だから今度はそうならないように気を付けた……そしたら今度は冷たいヤツだって言われて振られた」 静也の恋愛は長くは続かない。大抵無理やり連れていかれる合コンで声をかけられるか、陽介の知り合いで付き合うことになることが多い。そんな中暫くは上手にいく。しかし、静也の性分はメンヘラ気質で束縛が強い。最初はお互いを知らないので、なんともないのだが段々と静也が私生活に口を出すようになっていく。挙句行動の把握や友人の選別などなど彼女が嫌になってくる始末。 静也はそれをどうにかするために、今回の彼女とは距離を取っていた。 それが仇になるとは思いもしてなかった為、ショックが余計に大きい。 ニルスはボソボソ話す静也の声を聞き漏らさないよう耳を傾け静かに話を聞く。静也もちゃんと聞いてくれると思われるニルスを見て話を続ける。 「……お前には分からなさそう」 最後に静也はそう付け加えた。なんでそう思ったかも静也ですら分からないが、なんだかそう思った。 ニルスは「そうだね」と肯定する。 「……分かんないけど、君が今ショックを受けてて悔しい、寂しい思いをしてるのは分かるよ」 静也は少しだけ顔を動かして横に座るニルスを見る。そこには少し微笑んでるけど、眉の下がったニルスがなんとも言えない表情で静也を見ていた。

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