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第9話

 自分が魔術師であると皆に知られた日から以前にも増して、トドロキから手合わせをしてくれと頼まれるようになった。  その日もトドロキとともに訓練場にやってきていたのだが、どういうわけかいつもと様子が違っていた。常時の訓練場に比べて騎士人数があきらかに多く、ガルシフとトドロキが手合わせをできるような場所がどこにもなかったのだ。さらに、訓練場にいるほとんどの騎士がその手を止めて、ある一点に視線を向けていた。 「うわぁ、ついてねぇ……」  残念そうにトドロキが言う。 「今日はやけに訓練場に向かうやつが多いと思ったら、こういうことかよ。これじゃあガルシフと手合わせができねぇじゃねぇか」  視線の先には二人の騎士がいた。 「あれはバルバロッサ様と第一の団長様だな」 「ああ。どうせここにいるやつら、全員あの二人を見に来たんだろうよ」 「だろうな」  ガルシフとトドロキは第一騎士団の団長とユウエンが手合わせをしている姿を見てそう言った。現最強騎士である男と次代の最強騎士ともくされている男、いったいどちらが勝つのだろうかと皆気になっているのだろう。周りにいる騎士たちは、そんな彼らの様子を興味津々といった様子で眺めていたのだった。 「仕方ない。あの二人の手合わせが終わるまで待つか」 「そうだな」  ガルシフとトドロキは騎士団長とユウエンの手合わせが終わるまでその場で待つことにした。二人は周りにいる騎士たちと同じように訓練場の真ん中で行われている戦いを眺める。今日は剣技だけによる手合わせのようで、騎士団長もユウエンも魔術は使わず、剣のみで戦っている。 「やっぱりすげぇな、第一のやつは。剣が馬鹿みたいに速い」  二人の様子を眺めていたトドロキが感嘆の声をあげる。そして周りにいる多くの騎士たちも二人の巧みな剣さばきに興奮した様子で声をあげていた。  騎士団長とユウエンは二人とも剣の名手だ。それと同時に、魔術の名手でもある。その能力は第一騎士団内でも抜きん出ており、そんな二人の戦いはどこまでも人を魅了する。戦いが激しくなるにつれ、周りにいる騎士たちは会話をやめ、固唾を飲んで食い入るように二人を見つめていた。 (あの人……)  ふと。ガルシフはある違和感に気づいた。非常に小さな違和感だ。おそらく、自分以外は誰も気づいていないだろう。 (怪我でもしているのだろうか?)  ガルシフは騎士団長の足をじっと見つめる。若干だが、左足を引きずっているように見える。 「あの団長様、もしかして負傷している足を庇いながら、あんな凄い戦いをしているのか?」  思わずそう言うと、隣にいたトドロキがぎょっとした顔でガルシフの方を見た。 「は?それ、どういうことだよ」  ガルシフが言ったことが気になったのだろう。トドロキがすぐさま聞き返してきた。 「いや、俺の気のせいかもしれない」 「それでもいい。そう思ったわけを教えろ」  ガルシフの言葉をうながす。 「なら言うが、騎士団長様の左足をよく見てみろ。若干だが、引きずっているように見える。それに、時折辛そうな顔をしているようにも感じられる。といっても、俺がそう思っているだけかもしれないけどな」  ガルシフの指摘にトドロキは騎士団長の顔と左足を見つめる。   「……うーん、説明されてもやっぱりおれにはよくわかんねぇわ」  目がいいガルシフでも判断が難しいのだ。トドロキがそう言うのも無理もなかった。 「なあガルシフ。もしおまえが言っていることが本当なら、あの二人今すぐ手合わせをやめた方がいいんじゃないか?」 「まあ、そうだな。だけど、多分もうそろそろで終わると思うぞ」  ガルシフがそう言って間もなく、キーンという甲高い音がその場に響いた。騎士団長がユウエンの剣を弾き飛ばしたのだ。 「ほらな」  剣の勝負であるからには剣がなければ何もできない。この手合わせの勝敗は騎士団長の勝ちである。  辺りからどっと歓声がわき起こる。 「確かに、おまえが言った通り終わったな」  騎士団長の左足のことは非常に気になるが、それよりもこれでようやく手合わせができる。そう嬉しそうにトドロキが言う。 (これでようやく人が減る)  人が減れば、トドロキと手合わせができる場所もそのうちできるだろう。そう考えている時だ。 「──そこの二人、ちょっといいか?」  不意に声をかけられる。 「……第一騎士団長様」  声のする方に振り向けば、そこには先程までユウエンと素晴らしい戦いぶりを見せていた騎士団長が立っていた。そして、ガルシフの顔を見るや否や 「お、ひょっとして、おまえか?」  なんの脈絡もなくそう言われた。  ガルシフを内心で首を傾げる。トドロキも意味がわからず困惑した表情を浮かべていた。 「おまえだろ、おれの足に気づいた奴」  そう言われて理解した。   (あの距離から…しかも戦いながら俺たちの話を聞いていたのか……)  凄まじい聴力だ。もしかしたら魔術で聴力をあげているのかもしれないが、それでもあの激しい戦いの中でこちらの会話にも意識を向けていたことに驚きである。 「……本当に、足を痛めていたのですね」 「まあな。つっても、もうほとんど治ってる。痛みもほとんどない」  多分、嘘である。だが、それを指摘する気はない。これは勘だが、指摘してしまえば面倒ごとに巻き込まれる、そんな予感がした。 「なあおまえ、名前はなんて言うんだ」 「……ガルシフと言います」  本音を言えば、名乗りたくはなかった。ここは人目がありすぎる。方や地位も名誉も実力もある誰もが知る第一騎士団長様、方や地位もなければ名誉もない平民出身の一般兵である。後で周りから何か言われるに違いない。 「ガルシフ?ん?その名前、どこかで聞いたような」  ガルシフの名前を聞いた騎士団長がそう呟いた。 「前にお伝えしたでしょう」  そこにユウエンが現れる。 「彼のことです。この前わたしが団長にお伝えしたいい目をした騎士というのは」 「なるほどな。こいつのことだったのか」    騎士団長はにやりと笑い、ガルシフの目を見つめる。   「ふむ、確かにいい目をしている。これは面白い」  いったい何が面白いのだろう。とくに用がないのならそろそろここから立ち去ってもいいだろうか。そんなふうに思っていると 「ガルシフ、おまえうちに来る気はないか」  なんとも軽い様子で騎士団長が言った。そして、その言葉にガルシフは目を見張る。横では今までことの成り行きを黙って見ていたトドロキが「嘘だろ」と呟き、酷く驚いた様子でガルシフを見た。  うち、とはすなわち第一騎士団のことである。騎士団長は今ガルシフに第一騎士団に来ないかと言ってきたのだ。  まさかユウエンのあの誘いが本気だったとは思っていなかったガルシフは、ユウエンが騎士団長に自分のことを話していたことに、そして騎士団長もまたユウエンと同じように自分を第一騎士団に来ないかと誘ってきたことに驚きを隠せずにいた。 「あ、あの、それは本気で言っておられるのですか?」 「ああ、もちろんだ。一度ユウエンと手合わせをしたことがあるんだろ?その時、ユウエンの魔術を完璧に避けたという話じゃないか。あれを避けることができるんなら、何の問題もなく第一に迎えることができる」  騎士団長は満足そうに言った。 (いや俺、第一に入る気はないんだけど……)  ユウエンにはすでに一度、第一騎士団に入団する気はないと断っている。あの時は訓練場に自分たち以外は誰もいなかったため周りの目を気にすることなくすぐに断ることができた。しかし、現在ガルシフは注目を浴びている。そんな中で断りの言葉を口にするのは非常に嫌である。なるべく穏便にすませたいと思っているガルシフは、どうにか人目が少ない場所に行くことはできないかと考えていた。  そんな時だった。  ──ざっ。  騎士団長がいきなり片膝をつき、頭を下げる。そして、騎士団長の近くにいたユウエンとさらには訓練場にいる数名の騎士が次々に騎士団長と同じように片膝をつき頭を下げた。ガルシフを含む多くの騎士はその姿を唖然と見ていた。 (いったい何が……)  ガルシフは視線を回す。  「──っ!」  そして、見つけた。そこには、赤や青、緑や黄、金や銀、角度によって色が変わる不思議で美しい瞳をしたハヴィスの王の姿があった。

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