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第10話

 王族だけが身につけることのできる銀色。その色の長衣をまとう王の姿は豪奢で美しい。髪は夜をとかしたような色の長髪で、短髪か|結《ゆ》うのが主流であるハヴィスでは珍しく何もせずに下ろしている。そして、雪のように白い肌、綺麗に整えられた眉、すっと通った鼻筋、形の良い唇、どこか懐かしさを感じさせる瞳。そのすべてにガルシフは目を奪われていた。  王の存在に気づいた騎士たちは、騎士団長たちに遅ればせながらもすぐに片膝をつき、勢いよく頭を下げる。だが、ガルシフだけは時が止まったように動けずにいた。  目を離すことができない。離してはならない。そんなガルシフにトドロキが小声で「不敬だぞ」と訴えてくる。が、その声がガルシフに届くことはなかった。  王が訝しげにガルシフの方を見る。目があった。最初は不審そうな目でガルシフを見つめる王だったが、何かに気がつき、徐々にその表情を驚きのものへと変えていく。そのまま、一歩、二歩、とガルシフの方へ近づいていく。王のそばにいる護衛のダートが「陛下、どうなされましたか……」と声をかけるが、王は何も答えず、ガルシフの前にやってきた。  お互いに食い入るように見つめあう。王がそっと手を伸ばし、ガルシフの首筋を撫でる。次に頬、額、目元へと移動し、最後に唇の端をまるで壊れ物を扱うように優しく撫でた。 「──ガルシフ……」  どこか甘さを含んだ声音で王が呟く。その声はガルシフの知らないものだった。知らない大人の男の声だ。低く腰に響くような色気を感じる。だが、たとえ声が変わろうと姿が変わろうと、ガルシフをまっすぐ見つめるその瞳は昔と何ひとつ変わっていなかった。  ガルシフは目の前にいる人物こそがシスであると確信する。  自然と笑みが溢れる。  ようやく会えた。会うことができた。 「シス……」  思わずその名前を呼ぶ。すると彼は唇を震わせ、今にも泣きだしそうな笑みを浮かべた。思いきりガルシフを抱きしめる。いきなりだったため、ガルシフは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに破顔して彼を抱きしめ返した。彼はガルシフの肩に顔を埋め、何度も何度もガルシフの名前を呼んだ。  次の瞬間、二人は忽然と姿を消した。 *  一瞬、浮遊感のようなものを感じた。気づいた時には訓練場ではなく、見慣れない広く豪華な部屋にガルシフはシスとともに立っていた。  ガルシフはシスと抱きあっているため、目だけを動かして周りを見る。 (ここは……)  わからない。ここがどこで、何が起こったのかわからない。ただひとつわかっていることは、自分の腕の中に最愛の親友がいるということである。その親友の背中をガルシフは優しく叩く。  いったいここがどこなのかガルシフは知りたかった。おそらく、この部屋に移動させたのはシスであるため、彼ならばここがどこなのか知っていると思った。しかし、シスはガルシフの肩に顔を埋めたままぐずるようにしてなかなか離れてくれない。ガルシフも本音を言うとまだシスと離れたくなかったため、シスが満足するまで彼の背中に腕をまわしていた。  それからしばらくして、ようやくシスがガルシフの肩から顔を上げた。   「なぜ、ここにいる……」  とても弱々しい声だった。その顔には嬉しさと驚きと戸惑いと、他にもさまざまな感情が浮かべられていた。ガルシフは苦笑いをする。 「おまえに……シスに、会いにきたんだよ」  そう言うとシスは目を瞬かせた。 「俺はな、おまえに会うために王都に来た。おまえは俺に待っていてくれと言ったが待てなかった。どうしても、おまえに会いたかった。だから、こうして……──」  次の言葉は続かなかった。シスが先ほどよりも勢いよく、そして力強くガルシフを抱きしめたためだ。それに驚いたガルシフがふらつき、そのままシスとともに後ろに倒れた。  ガルシフは背後にあった大きな寝台の上に倒れ込んだ。そのおかげで痛みを感じることはなかった。だが、自分と同じかそれ以上の体格を持つ男に上から押しつぶされて「ゔっ」と呻き声をあげる。  「すまない」  シスが謝る。しかし、なぜかシスはすぐにはガルシフの上から動こうとはせず、じっとガルシフを見つめていた。  稀有な目を縁取る長い睫毛が瞬きをするたびに揺れ動き、シスの顔がゆっくりと近づいてくる。そして、ガルシフの視界いっぱいに美しい顔が広がった。 「……シス?」  どこか様子のおかしい親友の名前を呼ぶ。するとシスは急にはっとして、すぐさまガルシフの上からどいた。 「すまない」  再びそう言って、シスはガルシフから顔を背ける。いったいどうしたのだろうか。ガルシフは心配になる。  それからしばらくして、シスはガルシフの方に向き直り 「おまえが、私に会うために王都まで来てくれたことが嬉しい……。嬉しすぎて、どうにかなりそうだ」  と言った。その声はとても嬉しそうだった。 「俺も、おまえに会えて嬉しい」  一度はシスとの再会を諦めた。けれど、結局諦めきれずにシスを探しに王都までやってきた。そして、シスを探し続けて数年、シスと離れていた期間で言えば十年以上、ようやくシスと再会することができた。  あの時、シヴァの言葉を信じて村を飛び出してよかった。諦めずにシスを探し続けてよかった。村でシスの帰りを待ち続けることはできなかったが、それでもシスと再会できてよかった。さまざまな思いが込み上げてくる。 「本当にシスにまた会えてよかった」  そうガルシフが言えば、シスも  「私もガルシフにまた会えてよかった」  と、それはそれは美しい笑みを浮かべて言ったのだった。 * 「ところでガルシフ、おまえは騎士になったのだな」  シスが言う。 「ああ、そうだ」 「どこに所属しているのだ?」 「第四だ」 「第四……ということは、ヴァルタのところか」  ヴァルタ、それは第四騎士団の団長の名前である。  部下からの人望が厚く、魔術は使えないが剣術だけならば第一騎士団の団長にも引けを取らないほどの腕前であると言われている。 「ヴァルタのところならば私からひとこと言えば問題ないな」  突然シスがそう言い出した。ガルシフはその意図が掴めず首を傾げる。 「それは……──」  ドンドンッ!ドンドンツ!  突然激しく扉が叩かれ、ガルシフの声はかき消される。   「アシュレイ!アシュレイッ!そこにいるのだろう⁈ここを開けろ!」  扉の向こうからユウエンの声が聞こえてきた。その声は酷く焦っているようだった。  それに対してシスは 「はぁ、思っていたよりも早く気づかれてしまったな」  と落ち着いた様子で、ため息混じりにそう言った。 「すまない、時間切れだ。おまえとは、まだ話したいことがたくさんあるが、さすがにあれを放置することはできない。少し待っていてくれ」  そう言って、シスは今にも壊れてしまうのではないかというほど荒々しく叩かれている扉の方へ視線を向ける。そして軽く手を振った。その瞬間、外側から勢いよく扉が開き、中に誰か入ってくる。 「うるさいぞ、ユウエン」  そこには案の定、焦った様子のユウエンの姿があった。

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