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第11話
焦った様子のユウエンのその後ろから、同じく焦った様子の第一騎士団の団長と王の護衛騎士のダート、そしてわけがわからないという顔をした第四騎士団の団長のヴァルタがやってきた。
「アシュレイ、どういうことか説明しろ」
「我が君、どうか我らにわかるように説明してくだされ」
続けざまにユウエンとダートが言う。説明しろとは、ガルシフとシスの関係といきなり訓練場から消えたことについてだろう。第一騎士団長は二人に同調するかのように頷き、ヴァルタは「おまえは何してんだよ」と言わんばかりの顔でガルシフを見て、次にシスの方を見た。
そこでふとガルシフが思い出す。
(まずい……俺、完全にやらかした)
今の今まですっかり忘れていたが、ユウエンらの登場によりシスがハヴィスの王であることをガルシフは思い出した。そして、そんな尊き存在にガルシフはつい先ほどまで親友に接するように、昔のシスにするように接していた。そのことに気がつき、背中から嫌な汗がぶわっと吹き出した。どう考えても不敬である。ガルシフは自分の顔が青ざめるのを感じた。
「シ、へ、陛下……」
今更だと思うが、数々の不敬を謝らなければならないと思った。すると扉の方に視線を向けていたシスがガルシフの方に振り返り、
「呼ぶな……おまえは、そう呼ぶな。私のことはシスと呼べ」
と切なそうな声で言ってきた。そう言われてしまえば、ガルシフは従うほかはない。シスは王でガルシフは騎士だ。王が言ったことには従わなくてはならない。しかし、やはり不敬ではないだろうか。そういう意味も込めて
「いいの……ですか?」
とシスに聞く。
「ああ。ガルシフには、シスと呼んでもらいたいのだ。それに、その堅苦しい話し方もなしだ。今まで通り、昔のように、私と接してくれ」
真剣な表情で言われた。そのあまりの真剣さにガルシフはうろたえる。本当にいいのだろうか。不敬にはならないだろうか。嬉しさと不安の狭間でガルシフは考える。
「……おまえがそう言うのなら、俺はこれからもおまえをシスと呼ぶ。堅苦しい話し方もしない。だけどそれは公の場所以外での話だ。それでもいいか?」
さすがに公の場では昔のようにシスと接することはできない。しかし、それ以外の場所では陛下ではなくシスと呼び、親友に、家族にもどることを約束する。そう言えば、
「ありがとう」
シスが心底嬉しそうに笑った。
ガルシフとシスのやり取りを黙って聞いていたユウエンら三人は、シスの笑みを見てぎょっとした。
「わ、我が君……⁈」
「……おれ、陛下のあんな嬉しそうな顔、初めて見たわ」
ダートが困惑した声をあげ、ヴァルタが驚きながらも呑気にそう言った。
彼らの前でシスがここまで感情をあらわにするのは初めてのことだった。だから、なおのこと驚いたのだ。だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。ユウエンが再びシスに質問する。
「それでアシュレイ、話を戻すが。先ほど訓練場からいきなり転移したのはなぜだ?それと、ガルシフとの関係は?おまえににとってガルシフとはいったい何なのだ?」
少しとげのある声でユウエンが言う。そんなユウエンにシスが返す。
「ガルシフは、私の友であり、唯一の家族だ」
あまりにも端的すぎるその答えに、ガルシフとシスの関係を知らない者たちはこぞって納得できないという顔をした。それを見かねてガルシフが口を挟む。
「俺と陛下は……シスは、幼馴染みなんです。物心がついた時からずっと一緒にいて、家族同然に育ちました」
ガルシフもシスも小さな村の小さな孤児院で育った。親の顔を知らず、孤児院の院長が親代わりだった。しかし院長は親代わりではあったが、家族ではなかった。ガルシフにとって、そしてシスにとって、お互いが唯一家族と言える存在であった。
「まあ、十年以上も前の話なんですけどね。ある日、シスは俺の前からいなくなりました。とても大きくて強そうな大人に連れられて、どこかへ行ってしまったんです……」
当時を思い出し、ガルシフは自嘲的に笑う。そんなガルシフの隣で
「ダート、おまえもこの話を知っているはずだ」
シスもまた当時を思い出し、ダートに言う。
「私を故郷の村から連れていったのはおまえであろう、ダート」
シスは皮肉げな笑みを浮かべる。
「彼の話を聞いて、薄々気づいておりましたが……」
そう言ってダートはガルシフの方を見る。そして、じっと顔を見つめる。
「……ふむ。確かに、よく見ればあの時の少年の面影がありますな」
ダートが言う。その言葉にガルシフは、何のことやら、と首を傾げる。そんなガルシフにシスが説明する。
「おまえもダートに一度だけ会ったことがある。まあ、十年以上前のことだがな。あの時は、私もおまえも周りなんてほとんど見ていなかった。おまえが覚えていないのも無理はない」
あの時とは、シスがガルシフの前からいなくなった日のことである。シスが言ったように、あの時ガルシフはほとんど周りを見ていなかった。シスと離れ離れになってしまうということで頭がいっぱいだったのだ。覚えていることといえば、武装した大人たちとそんな彼らに連れられて、どこかへ行ってしまうシスの姿くらいのものであった。誰がシスを連れていったのかなんて、さすがに覚えていなかった。
「俺、バルトロメオ殿に会ったことがあるのか?」
「ある。まあ、今更そんなことはどうでもいいがな。それよりも今は……ーーおい、ヴァルタ」
シスがヴァルタを呼ぶ。
「なんですか、陛下?」
おそらく、シスとともに消えたのがガルシフであったため、それを知っていたユウエンかもしくはトドロキあたりがヴァルタに訓練場での出来事を報告したのだろう。そして、ガルシフに何があったのかと聞くために、ここまで来たのだろう。そんなヴァルタにシスが言う。
「ヴァルタよ、ガルシフは私の護衛騎士にする。よいな」
「御意」
非常に短いやり取りであった。その内容は耳を疑いたくなるようなものだった。
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