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第12話

「俺がシスの護衛だと?」  そう口には出すが、ガルシフはその意味を理解できずにいた。どういうことか説明しろ、というようにシスの方を見る。 「今からガルシフが私の護衛騎士だ。今後、ダートの代わりに私のそばにいろ」  なんでもないようにシスが言う。そこは普通「ダートの代わりに護衛しろ」ではないのかとガルシフは思った。 「いいのか、シス。ここには俺より強くて有能な騎士が三人もいるんだぞ?」  ダートはその三人には含まれていない。ダートも非常に有能な騎士であるが、彼はシスの護衛役をあと少しで引退する身だ。ガルシフは念を押すように言う。 「本当、いいのか?」 「問題ない、この私が選んだのだ。誰も文句は言わん」  そう言って、視線をユウエン、ロドク、ヴァルタ、ダートの順に向ける。すると彼らは「陛下の仰せのままに」と口をそろえて言ったのだった。  そんな光景をガルシフは口を開けて見ていた。 「そんな不安そうな顔をするな」 「そう言われてもな……」  シスの言葉にガルシフは納得できないという顔をする。本当に自分が護衛騎士でいいのだろうか。今からでも他の人物に任せたほうがいいのではないだろうか。自分にシスを護れるほどの力があるのだろうか。様々な不安が募っていく。  あの後、ユウエン、ロドク、ヴァルタの三人はガルシフたちの前から去っていった。ヴァルタは「ま、頑張れよ」と言って早々にガルシフの前から立ち去った。ロドクもヴァルタと同じように、ひとことガルシフに言葉をかけてから去っていった。そんな中でユウエンだけがシスに何かを言いたそうな顔をしていたが結局何も言わず去っていった。  そして、ガルシフたち三人が残された。シスから説明されて判明したことだが、ガルシフたちがいるこの広くて豪華な部屋はシスの自室であるそうだ。 「おまえは何も心配せずに私のそばにいろ。おまえは私の護衛であるが、なにも私を護る存在はひとりだけではない。ロドクらがいる」  ロドク、第一騎士団長の名である。彼が率いる第一騎士団は近衛兵の役割を担っている。近衛兵と護衛騎士の違いは、常に王のそばにいるかそうではないかである。  「私は強い、この国の誰よりも。刺客に狙われようとそう簡単にはくたばらん」  ガルシフを安心させるように優しげな笑みを浮かべてシスが言った。 「それに、誰もガルシフが私の護衛騎士になることを否定しなかっただろう?私がガルシフを選んだのだから誰も文句は言わんとあの時は言ったが、彼らがもし私の護衛騎士にガルシフは相応しくないと思っていたならば、たとえ私の言葉だろうと異を唱えていただろう」  つまり、異を唱えなかったということは彼らにガルシフならば大丈夫だろうと判断されたからである。 「そうであろう、ダート」 「ええ、そうなりますな。わたしは彼とはほとんど関わったことはありませんが、ヴァルタが何も言わなかった。そして、ロドクもユウエンも。彼らは人を見る目がある。だから、わたしも異論はありませぬ」  ダートは問題ないというようにガルシフに笑いかける。 「心配は無用ぞ、ガルシフ。おぬしのことはこのわたしが責任持って陛下の護衛に相応しい騎士にしてみせる」  シスに対して使っていた丁寧な話し方ではなく、おそらく素であろう話し方でダートは言った。  その日、何が何だかわからぬままガルシフはアシュレイシス王の護衛騎士となることが決まった。 *  シスの護衛になった日、つまりシスと再会を果たした日からガルシフの生活はがらりと変わった。  まず暮らす場所が変わった。第四騎士団に所属するガルシフは第四騎士団の営所で暮らしていたのだが、シスに有無を言わさぬ勢いで彼の自室に程近い部屋を与えられた。今はそこでガルシフは暮らしている。  次に第四騎士団ではなく第一騎士団の騎士たちと訓練をするようになった。シスの護衛になってからも一応所属は第四騎士団のままであるが、ガルシフが魔術師であるということ、そして魔術師ではあるが魔術が苦手であるということを考慮して、魔術師が一番多くいる第一騎士団で魔術の特訓をすることとなった。  そして現在ーー。 「…………おい、シス。起きろ」  営所の自室にあった寝台よりも大きい。しかし、成人済みのしかも長身で体格もよい男二人が一緒に眠るにはさすがに狭いと感じる寝台の上でガルシフとシスは眠っていた。 「いつも言っているが、なぜおまえがここにいるんだ?」  寝ぼけまなこなシスに聞く。 「ガルシフ……」  しかし、シスはガルシフの名前を呼んだきり何も答えない。そして上半身だけを寝台の上から起こしているガルシフの腰に腕を伸ばし、そのまま抱きついた。 「おい、それをやられると起きられないんだが」 「ならば……まだ、起きなければいい……」  そう言って、シスは再び眠りにつきそうになる。そんなシスの頭をペシッと軽くガルシフが叩いた。 「寝るな。寝るのなら、自分の部屋に戻ってからにしろ。おまえの侍従たちがまた泣くぞ」  シスは毎夜ガルシフが知らぬ間にガルシフの寝台に潜り込んでくる。そして朝、目が覚めると必ずガルシフの隣にシスが寝ている。  傍迷惑なことにシスは誰にも言わずにガルシフの部屋にくるため、初めてガルシフの部屋にシスが訪れた日、シスの部屋に誰もいないということで城中が大騒ぎとなった。  夜、シスの部屋の前には見張りの騎士が立っている。だが、シスは誰にも知られることなくガルシフの部屋にやってきた。それはいったいどういうことだ、とガルシフが尋ねたところ、シスは一言「転移魔術」と答えた。  転移魔術。それは空間と空間をつなぎ、一瞬にして違う場所に転移させる魔術である。聞けばあの日、その魔術を使って訓練場から自室まで自分たちを転移させたとシスは言っていた。  転移魔術の存在は知っていたが、それを使える魔術師が自分の知っている人の中にいると思っていなかったガルシフは、シスが転移魔術を使いこなしていることに非常に驚いたのだった。 「本当にそろそろ起きて自分の部屋にもどれ。おまえなら一瞬だろ?」  起きそうもないシスにそう言う。 「それに、おまえはもうひとりで寝られないっていう歳でもないだろ。毎日のように俺の部屋にくるなよ。自分の部屋の寝台の方が広くて寝心地もいいだろ」  シスは小さい頃ひとりで眠ることができなかった。しかし、ガルシフが隣にいれば不思議と眠ることができた。そして、いつしか二人は一緒に眠ることが当たり前となっていった。だが、それは十年以上も前の話である。あの頃は二人ともまだ身体が小さく、同じ寝台で眠ることができたが、今は身体も大きくなり二人で同じ寝台で眠るのは窮屈に感じるようになった。それ以前に、王とその王を護る騎士が同じ寝台で眠るというのはいいのだろうかと思ってしまう。 「──陛下、そろそろお目覚めの時間でございます」  トントンと扉を叩かれ、外からシスの側近のひとりである男の声が聞こえてきた。 「今起きる。そこで待て」  毎夜のようにシスがガルシフの部屋にくるため、側近たちは毎朝ガルシフの部屋にシスを起こしにくるようになっていた。  シスはようやくガルシフの腰から腕を離し、寝台の上から動く。 「……では、私は自室にもどるが、おまえもすぐに私のもとへこい」  ガルシフの短い黒髪の頭を優しく撫でてから、シスは部屋を出ていった。ガルシフはそのシスの要望に応えるために素早く身支度をするのだった。

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