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第13話
大きな扉を数回叩く。すると、部屋の中から「入れ」という声が聞こえてきた。ガルシフはその声に従い、扉を開けて中に入る。
「早かったな、ガルシフ」
「シスが早くこいって言ったんだろうが」
ガルシフの部屋にいた時のようなゆったりとした長衣ではなく、幾重にもなっているきらびやかな王衣を身につけたシスがガルシフを出迎える。その姿は気のせいか光り輝いて見える。未だその姿のシスを見慣れていないガルシフは少しどぎまぎしてしまう。
「それで、こうしておまえのところに早く来たわけだが、用はなんだ?」
ガルシフはこれをシスに問うのは無意味だろうなと思いながらも、一応そう聞く。
「用ならある。私がおまえに会いたかった」
「いや、毎回言っているが、わざわざ部屋に呼ばなくてもまたすぐに会えるだろう」
毎日のように同じようなやりとりをしている二人。どういうわけかシスはガルシフをそばに置きたがる。シスの護衛なのだからそばにいるのは当たり前のことなのだが、それにしたってひとりでいる時間が少なすぎる。
ガルシフは護衛騎士は常に王のそばにいるものだと以前は思っていたが、実はそうではない。確かに常と言っていいほどそばに控えてはいるが、短い時間ではあるが王から離れる時がある。その間はガルシフの代わりにほかの騎士が王のそばについている。
「…………おい、来て早々にまた腰を抱こうとするな」
ガルシフの引き締まった腰にシスが背後から腕を回す。それはまるでここに本当にガルシフがいるかどうかを確かめるかのように、そしてもう二度と離れないという意思を示すかのように、ガルシフが苦しくないくらいの力でぎゅっと抱きしめる。
「俺の話し、ちゃんと聞いてるか?」
「聞いている」
「なら、離せ」
「いやだ」
「おまえな……」
どうしたものか、とガルシフは頬をかく。小さく可愛らしかった時の印象が抜けきらないガルシフは、昔と変わらず自分に甘えてくるシスに強く言うことができないのだ。
一度小さくため息をつき、背後にいるシスの頭に手を伸ばす。自分の髪とは違うさらさらとした手触りの良い長い髪を撫でながらガルシフは仕方なさそうに笑う。
「あと少ししたら、離れろよな」
「ああ……」
それから朝食の時間になり、シスの側近のひとりが呼びにくるまでの間、ガルシフはシスの好きなようにさせていた。
*
シスのそばを離れ、訓練場に向かっている途中のことだ。
「おい、ガルシフ!」
自分の名前を呼ばれ、そちらを向けば、そこにはなんとも言えない顔をしたトドロキとロッカク、そしてリュウの姿があった。
「お、どうした、三人とも」
「お、どうした、じゃねぇよ。おまえなぁ、何をどうすれば陛下の護衛になんて選ばれるんだよ。どういうことかきっちり説明しろ」
すかさずトドロキが言い返す。
シスの護衛に選ばれて数日経ったが、その間一度も第四騎士団の営所に戻っていない。ほとんどをシスのそばで過ごし、時間があれば第一騎士団の団員たちと魔術の訓練をしている。つまり、トドロキたちとはシスと再会した日以降、一度も会っていないということになる。もちろん、どういう経緯でガルシフがシスの護衛になったのか彼らは知らない。
ガルシフはシスと自分の関係をトドロキたちに話してもいいのだろうかと一瞬迷ったが、このまま何も説明せずに彼らが自分を訓練場に行かせてくれるとは思えず、大まかにだがトドロキたちに数日前の出来事について話すことにした。
「実は……ようやく会えたんだよ、親友に」
そうガルシフが言えば、トドロキたちは意味がわからないという顔をした。
「親友って、おまえがずっと探していたシスっていうやつのことか?」
トドロキが尋ねる。
「そうだ」
「そうか、それはよかったな、と言ってやりたいところだが、その話はおまえが陛下の護衛になったことと何か関係があるのか?」
「ある」
ガルシフがそう言うと、さらに意味がわからないという顔をするトドロキとリュウ。そんな中で唯一ロッカクだけがひとりはっとした表情を浮かべた。
「ガルシフ、もしかして……その親友って、まさか……陛下のことなのか?」
恐る恐るといった感じでロッカクが聞いてくる。それを聞いたトドロキたちもはっとした表情をした。
「嘘だろ……」
リュウが呆然と呟く。
「本当にそうなのか、ガルシフ?おまえが探していたという親友は、陛下のことなのか?」
信じられないという様子でトドロキが言う。
「ああ、そうだ。陛下のことだ。陛下が俺が探し続けていたシスだった」
あの日、ガルシフは親友と再会を果たした。その親友にいきなり自分の護衛騎士になれと言われ、そのまま護衛騎士となった。なぜ、自分が護衛騎士に選ばれたのか自分にもわからない。だが、選ばれたからには精一杯その役目を果たすつもりだ。
そうトドロキたちに伝えれば、彼らは神妙な面持ちをした。
「…………うん、まあ、なんとなくだがわかった。それにおまえの意気込みも。おまえが陛下の護衛がいやではないのなら、おれはそれでいい」
「おれもトドロキと同じでガルシフが無理に陛下の護衛をやっているわけではないのなら、何も言わない。まあ、おれ自身は陛下の護衛なんてやりたくはないけどな」
恋人といる時間が減るからと、頑なに陛下の護衛騎士にはなりたくないと言っていたリュウは苦笑いをしながらそう言った。
「というか、なんでこんなに近くにおまえの探し人……陛下がいたのに、おまえも陛下も今の今までお互いの存在に気づかなかったんだ?」
不思議そうにロッカクが言う。
「それは仕方ないだろ。陛下のことはわからないが、俺の場合は近くで陛下の姿を見たことがなかったんだから。それに、まさかシスがこの国の王になっているなんて誰が想像できるんだ。てっきり俺はどこぞの名のある貴族になっているものだとばかり思っていた」
本当に今でも信じられない気持ちでいる。小さな村の孤児院でともに育った親友が、ハヴィスの王になっているなんて、いったい誰が想像できただろう。おそらく誰も想像できないであろう。
それにシスは瞳こそ昔と何ひとつ変わっていないが、その姿は大きく変貌をとげている。子どもの頃の可憐さはどこかへ消え去り、顔も身体も凛々しく、そしてさらに美しく成長し、今では立派な美丈夫だ。そのあまりの変わりように、ガルシフは近くで王の顔を見るまでシスだとは気づけなかった。
「まあ、何はともあれこれから頑張れよ、ガルシフ」
ロッカクが言う。
「たまには第四にも帰って来いよ」
リュウが言う。
「そうだぞ、ガルシフ。そんでまた、おれと手合わせをしろよな」
最後にトドロキがそう言った。
「それじゃあ、引き止めて悪かったな。どこかに行く途中だったんだろ?」
「まあな」
少し名残惜しい気持ちであったが、その後ガルシフはトドロキたちとは別れ、ダートとユウエンら第一騎士団がいるであろう訓練場に向かった。
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