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第14話

「ちと来るのが遅いぞ、ガルシフ」  訓練場に来るなり、ダートにそう言われる。そこにはすでに第一騎士団のほとんどの騎士たちがそろっていた。 「すみません、ダート様」  シスの護衛騎士に決まった日、ダートはガルシフをシスの護衛に相応しい騎士にすると言った。ガルシフは確かにシスの護衛になることが決まったが、まだ正確に言えばそうではない。シスの護衛騎士になるにはそれ相応の力が必要なのだ。だが、知識も技術もダートには遠く及ばないガルシフは、シスの護衛に相応しくなるべく、ダートにさまざまなことを教えてもらっている途中だった。 「では、そろそろ訓練を始めるぞ」  訓練が開始される。その内容は第四騎士団にいた頃とは違い、より実戦的なものが多い。というか、ほとんどが実戦を想定しての戦闘訓練と言っていい。 「ガルシフ、今日はオレと手合わせ願おう」  第一騎士団所属の騎士、ルドラがガルシフの前にやってくる。 「おお、それはいい。ルドラもなかなかの実力者だ、おぬしの相手に持ってこいの相手であるな。……よしガルシフ、おぬし、ルドラと戦え」  ダートは意気揚々とそう言った。 (実力者……いったい、どういう戦い方をする人なのだろう)  ガルシフはルドラが実力者であると聞いて、内心わくわくしていた。しかし、そのような感情はおくびにも出さず、ルドラの申し出でを受け入れる。 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「では二人とも……始めっ」  ダートの合図で戦闘が始まる。  まず最初に動いたのはガルシフの方だった。ガルシフは合図と同時に自身に身体強化の魔術をかけ、そのままルドラに向かって突っ込んだ。ルドラはそれを身体の半分だけをそらして躱し、すぐさまガルシフの背後に回った。それから勢いよく剣を振るったが、それをガルシフは間一髪のところで右手に持つ剣で受けとめた。 「ほう、この距離でオレの攻撃を受けとめるか」  ルドラは感嘆の声をもらす。気にせず、ガルシフは次の攻撃に移る。右からルドラの背後に回り込み、彼の腰あたりに向かって剣を振り上げる。そして、あともう少しでルドラの腰にあたるというところで、いきなり剣が弾き飛ばされた。  「ちっ、結界か!」 「その通りだ!」  半透明な壁のようなものにガルシフの攻撃は妨げられた。その正体はガルシフが言った通り結界だった。  ルドラは結界魔術の使い手である。その腕前は第一騎士団内随一と言われており、あのユウエンでさえも彼がつくり出した結界を壊すことは手こずるという。  そんな強固な結界を、ただの剣で壊すことは到底不可能である。何度も何度も諦めず、ガルシフはルドラに向かって攻撃をするが、その攻撃は無意味に終わっていた。 (このままじゃあ埒が明かない)  ガルシフは考える。どうすればルドラに攻撃があたるようになるかと。  じっとルドラを観察する。勿論、その間にも攻撃の手はとめない。手をとめてしまえば、ルドラから反撃をくらう可能性があるからだ。無意味だとわかっていても結界に向かって剣を振り下ろす。 (何かないか、この状況を打破するような……)  その時、ふとガルシフはあることに気づく。心なしかルドラの表情が徐々に険しくなっているように思う。そして、わずかにだが息があがっているようにも感じた。 (もしかして、魔力の消耗が激しいのか?)  ガルシフの脳裏にある仮説が浮かぶ。結界魔術とは非常に高度な魔術である。その使用難易度は高く、消費する魔力量も多い。ルドラは先程から常に結界を張っている状態であり、彼の魔力量がどれほどなのかはわからないが、そろそろ限界なのではないだろうかとガルシフは思った。そして、その仮説はどうやら正しかったようだ。  一瞬、ほんの一瞬だったが、結界に綻びができた。その綻びをガルシフは見逃さなかった。 (そこだ!)  ガルシフは綻びに向かって剣を思い切り突き刺した。すると、今までびくともしなかった結界がまるで硝子のように砕け散った。 「やった」  思わずガルシフの口から言葉がこぼれた。  その時だった。 「喜ぶのはまだ早いぞ」  不意に背後からそう声が聞こえ、ガルシフは慌てて前方に走った。  次の瞬間、空気を斬るような音が微かに聞こえたのだった。ガルシフはすぐに後ろに振り返る。 「この攻撃も避けるのか」  ルドラが剣を振り下げた状態でそう言った。 「ふむ、ではどんどんいくぞ」  その目は闘志に燃えていた。 「おぬしら、そこまでだ」  ダートの声で今まであった緊迫感が一瞬にして消える。ガルシフとルドラはすぐに戦闘をやめ、互いに剣を鞘におさめた。その二人の近くにダートがやってくる。 「ガルシフ、おぬしは少し勘任せなところがある。いつでもおぬしの勘が当たるとは限らぬ。もう少し、頭を使え。ルドラ、おぬしは逆だ。勘に任せ過ぎなのは良くないが、もっと大胆になれ。今のおまえは慎重になり過ぎるあまり、余分な動きが多い」  ガルシフとルドラが戦いをやめると、ダートが二人の改善するべき点を述べてきた。二人はそれに頷き、互いにまだまだだなと笑い合った。 「いい戦いだった。ユウエン様との戦いで無傷だったと聞いて、一度、手合わせをしてみたかったのだ。これでもオレは第一騎士団の中では強い方なんだが、おまえはなかなかに手強かった」  ルドラはユウエンとガルシフが戦ったという話を聞いて酷く驚いたことを思い出す。ユウエンと戦って無傷だったというのは、相当な実力者か、もしくは豪運の持ち主か、そのどちらかだと考えていた。 (技術面に関して言えば、まだまだと言ったところだが、その目は確かに素晴らしい。ユウエン様と戦って無傷だったというのも頷ける)  ガルシフの戦いぶりはまだ詰めが甘いとしか言えないが、その異常なまでに高い動体視力には目を見張るものがあるとルドラは思った。 「ガルシフよ、ぜひまた、オレと戦ってくれ」  ルドラは笑顔でそう言った。 「こちらこそ、ぜひ」  ガルシフも笑顔でそう返した。 * (疲れた……非常に疲れた)  ルドラとの戦いが終わってから、ダートのしごきという名の訓練が始まった。それは第四にいた頃よりも数倍大変で数倍辛い内容だった。  城内にある自分の部屋に戻って来たガルシフは、まるで糸が切れた操り人形のように寝台の上に身体を横たえた。  身体が休息を欲っしている。腹も減っているが、それよりも眠気の方が勝っている。ガルシフはぼうっと天井を眺める。  (何もする気が起きない)  徐々にまぶたが閉じていく。抗いたくても抗うことができず、確実に閉じていく。途中、誰かがこの部屋にやってきたが、眠たいあまり何を言っていたのかよく覚えていない。もし、大切なことだったらまずいなと思いながら、ガルシフは深い深い眠りについた。  そして目が覚めた時、隣にはいつものようにシスが寝ていた。部屋にある窓から見える空はまだ暗く、普段のガルシフであれば、いつだろうと関係なく叩き起こしていたかもしれないが、なぜか今夜はこのままゆっくりと寝かせてあげようと思った。  ガルシフはシスを起こさないようにそっと彼の隣に再び寝転ぶ。その姿や声は変わってしまったが、シスの隣は昔と変わらずとても暖かかった。

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