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第15話
次の日ガルシフは早くに寝たこともあり、非常にすっきりとした気分で目が覚めた。そして何気なしに隣を向くと、そこには目をしっかりと開けた状態でこちらを見つめるシスの姿があった。そのことにガルシフは少し驚いた。
「昨日は随分と疲れていたようだな、ガルシフ」
神々しいほどに美しい微笑みを浮かべてシスが言う。城のものたちは知らないようだが、本来寝穢いシスがガルシフよりも早くに起きていることは大変珍しいことだった。
「珍しいな、おまえが俺よりも早くに起きてるなんて」
「なに、別に毎日おまえより遅くに起きているわけではない」
言い訳じみたようにシスは言うが……。
「ここにきてから、俺は一度たりとも、おまえが俺より早く起きている姿を見たことがないんだが」
ガルシフによりそう否定される。
「おまえが気づいていないだけで、おまえよりも早くに起きていることもある……まあ、結局はおまえの気持ちよさそうな寝顔を見て再び寝てしまうのだがな」
シスはさらりとそう言った。その言葉に、それは俺より早くに起きていると言えるのだろうか、とガルシフは疑問に思った。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ガルシフよ、一緒に朝食を食べないか?本当は昨日、夕食を一緒に食べないかと誘いに来たのだが、おまえはすでに眠っていてな。ならば、朝食を一緒にと思ったのだ」
昨夜、ガルシフの部屋に訪れたのはシスのようだった。せっかく夕食を一緒に食べようと誘いに来てくれたのに、自分が寝ていたためそれが叶わなかったとガルシフはシスに対して申し訳なく思った。
そして、どうやらシスは朝食をガルシフと一緒に取りたいがために、ガルシフよりも早くに起きていたようだ。それを思うと、なんとなくシスが可愛く見える。こういう風に常にガルシフと一緒に居ようとするところは昔と変わらないなとガルシフは思った。
「朝食か……おまえと一緒に食べるとなると、さすがに食堂には行けないよなぁ」
ガルシフはいつも城内にある食堂で食事をしている。そこは主に城勤めの使用人や騎士のために早朝から夜遅くまで解放されており、そんなところにシスを、この国の国王陛下を連れて行ったとしたら、おそらく……いや、絶対に食堂内は混乱する。
「となると、どこで一緒に食べるんだ?」
その疑問にシスが答える。
「王族専用の食堂がある。そこで食べよう」
ここはなんだか落ち着かない。ガルシフは視線だけを動かしてあたりを見渡した。
ガルシフとシスの背後には数名の使用人たちが控えており、皆一様に無表情でまったく動かない。その様子がまるで巧妙に作られた人形のようで、そんな彼らに囲まれながらの食事はどうにも居心地が悪かった。それにシスの部屋に初めて訪れた日も思ったことだが、王族が住まう場所はどこもかしこもぎらぎらとしていて目が疲れる。自分に与えられた部屋も十分に豪華であると感じていたが、ここはその比ではないとガルシフは思った。
そして、目の前に並ぶ豪勢な朝食の数々。そのどれもがガルシフが見たこともない料理で、その味もさることながら、その見た目も芸術品のように美しい。これを毎日食べているというシスにガルシフは驚きを隠せなかった。
(いつもシスはこんなに豪華なところでこんなに豪勢な料理を普通に食べているのか……。確かに料理は美味いが、これを毎日食べるとなると俺なら胃がもたれるな)
作ってくれた料理人には悪いが、そんな感想が浮かんだ。
「どうしたガルシフ、手が止まっているようだが……もしや料理が口に合わないのか?」
先程から食が進んでいなかったガルシフを心配し、そうシスが聞いてくる。
「いや、口に合わないわけではない。ちゃんと美味いと思っている。ただ、こんなに豪勢だと胃もたれでもしそうだなぁと思って……」
そう口に出した後にガルシフは「しまった」と思った。せっかくシスが用意してくれた朝食なのに、この言い方では料理にけちをつけているみたいではないか、とガルシフは思った。
「すまない、せっかくおまえが頼んで作ってもらった料理なのに……。さっきの言葉は忘れてくれ」
ガルシフはすぐにシスに謝った。
「いや、大丈夫だ。こちらこそ、すまない。私の配慮が足りていなかった。おまえはこれらの料理を食べ慣れていないのだから、胃が辛く感じるのも仕方あるまい。すぐにさっぱりした果物でも用意させよう」
気分を害した様子もなく、シスはそう言った。そして背後に控えている使用人たちに果物を持ってくるように指示をした。
「私もここに連れてこられた当初はまだこれらの料理に胃が慣れておらず、よく胃もたれをしていた。だから、おまえが謝る必要はない」
それに、おまえには美味しそうに食べてもらいたいから無理に食べる必要はないとシスが言った。
その後すぐに使用人たちが沢山の果物を持ってきた。その量はどう考えてもひとり分の量ではなかった。
「さあ、この中から好きなものを食べろ。勿論、遠慮はいらんぞ」
次々とガルシフの前に果物が並べられていく。赤や黄、緑や紫など、色とりどりの果物があるが、そのほとんどがガルシフが知らない果物だった。
「いや、好きなものを食べろと言われても……」
食べ方がわからない。だから、どれを選べばいいのかわからない。そう思っていると、長机の端の方に置かれている果物が目についた。
「あれは……ルルカルか?」
その言葉にシスが反応する。
「そうだ。あれが食べたいのか?」
「ああ」
ほかの果物は見たことがないからその名前も知らないが、ルルカルだけは知っていた。
ルルカルとは拳くらいの大きさの緑色の果物で、一見熟していなさそうに見えるが、非常に甘くてみずみずしい果物である。
「カルゥよ、あのルルカルをガルシフに渡してやれ」
使用人のひとりにそう指示を出す。カルゥと呼ばれた使用人はその指示通りにルルカルをガルシフの前に持ってきた。
「陛下と一緒に食事をしてくださりありがとうございます、ガルシフ様。こんなにも楽しそうに食事をする陛下を見るのは初めてでございます」
非常に小さな声で、なおかつ早口だったが、確かにガルシフの耳にはそう聞こえた。
ガルシフは驚いてカルゥの方を見た。カルゥはほんの一瞬だけ笑みを浮かべ、すぐにガルシフの背後へと戻っていった。
「ん?どうした、ガルシフ。ルルカルを食べないのか?」
ルルカルになかなか手をつける様子がないガルシフにシスがそう言った。どうやらシスには先程の言葉は聞こえていないようだった。
ガルシフはルルカルに手を伸ばす。そして大胆にもそのまま皮ごとかぶりつく。しかし、この場にはそれを咎めるものはいない。ガルシフはその甘い果実を咀嚼しながら先程のカルゥの言葉の意味を考える。
(俺の前ではいつもシスは楽しそうなんだが……よく笑ってるし……)
それがどれほど凄いことなのかガルシフは知らなかった。シスの表情が崩れるのはガルシフの前だけで、城に勤めるものたちのほとんどはシスの無表情以外の顔を見たことがなかった。だから、食堂内にいた使用人たちはその無表情の下で実は大変驚いていた。そして、同時に安心もしていた。我らが王にも心を許せる相手がいたことに。
シスはいつもひとりで食事をしている。物心つく前に母はすでになく、父王もすぐに亡くなり兄弟などもいなかったため、この豪華で広い食堂にはシス以外のものがやってくることはなかった。シスは食事をしている時も無表情であったが、使用人たちにはどこか寂しそうに見えていた。しかし今シスはいつもの無表情を崩し、それは楽しそうに嬉しそうに食事をしている。その様子を見て、使用人たちは皆嬉しく思うのだった。
ガルシフがルルカルを食べ終えると
「昔のようにガルシフと一緒に食事ができてよかった。今度はおまえでも食べられそうなものを用意しておく。だから、また食事に誘ってもいいか?」
とシスが聞いてきた。
ガルシフはこんなことで喜んでくれるならまた一緒に食事をしてもいいなと思い、笑顔で
「ああ、いいぞ。また、一緒に食べような」
と答えた。
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