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第16話

 シスと一緒に朝食を終えた後、ガルシフは一度自分の部屋に戻ると言って食堂を出て行った。その際にシスから送っていくと言われたが、さすがに王である彼にそんなことをさせるわけにもいかないので、それは丁重に断った。  ガルシフは静かな廊下をひとりで歩く。まだ早朝ということもあり人の気配は少ない。数名の使用人と騎士の姿がちらほら見える程度だった。 「ふぅ」  部屋に戻ってくるなり、ガルシフは小さくため息をついた。人に見られながらの食事には慣れていないため少し疲れてしまったのだ。  だが、休んでいる暇はない。ガルシフはすぐに身支度を整えて再び部屋を出た。 * 「平民風情がいい気になるなよ」 「ああ、おいたわしいユウエン様」 「どうして陛下はあんな奴を……」  嫌悪感を隠しもせず、陰でこそこそ嫌味を言う輩にガルシフの神経は疲弊していた。 (陰でじゃなくて、面と向かって言えよなぁ。鬱陶しったらありゃしない)  嫌味を言われたからといって、ガルシフの気持ちは沈んだりしない。すぐに傷ついてしまうような、そんな柔な心を持っていない。それに、もとよりガルシフは自分がシスの騎士に選ばれたことに対して、反発があるだろうと思っていた。地位も名誉もない平民がいきなり国王陛下の騎士に選ばれたのだから、文句を言う輩がいない方がありえないと思っていた。だから、ガルシフは嫌味をいくら言われても気にしないでいた。  しかし、それがいけなかった。ガルシフが何も言い返さないことをいいことに、ガルシフを見かけるとわざわざ近寄ってきてまで嫌味を言ってくるような輩が現れたのだ。これにはさすがのガルシフもそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。 「なぜ、陛下はユウエン様をお選びにならなかったのだろうか?わたしには陛下の考えが理解できないよ」  鬱陶しい、ただただ鬱陶しい。 (俺は早くシスのところへ行きたいんだが……)  目の前にいる見知らぬ男の話しを聞き流しながら、ガルシフは早くここから立ち去りたいと思っていた。 (というか、こいつは誰だ?見た感じ、騎士ではないようだが、使用人とも思えない)  その男は使用人にしては煌びやかな格好をしており、見た目の年齢からどこかの貴族の子息だろうかとガルシフは思った。おそらく、城に何かしらの用があり登城したのだろう。  ガルシフは遠くを見つめる。こういう輩は言いたいことを言い終えれば、満足したと去っていく。男が満足するまでの辛抱だ、とガルシフは心の中で自分に言い聞かせる。  その時だった。耳障りで酷く不快な内容が聞こえてきた。 「王族と言えど、やはりその半分は穢れた血が流れているということか……。今思ったが、同じく穢れた血を持つもの同士、お似合ではーー」  男はガルシフが不穏な空気を出していることに気づかず、言ってはならないことを言ってしまった。その結果、先の言葉は続かなかった。 「ひぃっ」  男が情けない声をあげる。 「──……おまえ、今、なんと言った?」  凍えてしまいそうなほどに冷たい声音でそう言いながら、ガルシフは腰にさしてある剣を鞘から抜き、その切っ先を目の前にいる男に向ける。それに男は恐怖した。先ほどの嫌味な態度はどこへやら、その身体は小刻みに震え、顔は徐々に青ざめていった。 「もう一度聞く。おまえ、今俺の前でなんと言った?」  答えない男に痺れを切らしたガルシフがもう一度そう問う。その目は男を射殺さんばかりに鋭かった。  「こ、このわたしに剣を向けるとは、ふ、不敬であるぞ!今すぐ剣をおろしたまえ!それに、なんだその態度は!わ、わたしはシェルド侯爵が嫡男、ダリル・ダル・シェルドであるぞ!下賤な平民風情が剣を向けていい相手ではない!」  男は声を振るわせながらもそう言った。その言葉にとうとうガルシフの堪忍袋の緒が切れる。 「ごちゃごちゃとうるさい奴だな」 「なんだと⁈」 「黙れよ。そして聞け。おまえは今、俺に不敬と言ったが、おまえの方がどう考えても不敬だろ。おまえはこの国の王を侮辱した。それがどれほどの罪なのか、お貴族様ならわかるだろう?」  「罪」その言葉を聞いて、男は顔を青を通り越して白くした。不敬罪で殺されても仕方がないと暗にガルシフが言ったのだ。 「シスの血が穢れてるって?言っていいことと悪いことがあるだろ。俺はアシュレイシス・ヴィシェヌ・ハヴィス国王陛下の騎士だ。その俺の前で王を侮辱するとはいい度胸だな」  さらにガルシフは、今ここで俺に殺されても仕方がないよなと暗に言った。ガルシフは男に切っ先を向けたままだった剣を振りあげる。  「──ゆ、許してくれ!さっきのは決して本心ではないのだ!だ、だから頼む、殺さないでくれ!」   そう言って、男は腰を抜かした。 「頼む……。頼むから、殺さないでくれ……」  それから男は何度も何度も繰り返し「頼む」「殺さないでくれ」とガルシフに言った。なんとも情けない男である。だが、その姿はあまりにも無様で、少しだけガルシフの心がすっきりとした。 「……はぁ」  ガルシフは一度大きくため息をつく。それから男に向けていた剣を鞘におさめた。最初からガルシフは男を殺す気はなかった。ただ少し懲らしめたかっただけなのだ。  ガルシフは男に近づく。 「ひ、ひぃっ」   そして──。  「──次はない」  そう言って、ガルシフは男の前から立ち去った。 * 「して、シェルド侯爵よ。おまえの息子のことだが」 「は、はい。なんでございましょう」  王座に座るシスの前には顔を真っ青にし、今にも倒れそうなシェルド侯爵がいた。 「なに、あやつの言動は目に余ると思ってな」  ゆったりとした口調でシスが言う。 「目に余るとは、いったいどうことでございましょう?」  恐る恐るといった様子でシェルド侯爵がシスに問う。シスはそんなシェルド侯爵に視線を向け 「なんでも、平民を穢れた血だと言っているそうだ」  と平坦な声で返答した。  「──な、そ、それは誠でございますか⁈」  するとシェルド侯爵は血相を変え、信じられないと言わんばかりにそう言った。 「ああそれと、下賤な平民風情がなどとも言っていたそうだ」 「なっ」  シェルド侯爵は絶句する。まさか、自分の息子がそんなことを言っているなどとは夢にも思っていなかったのだ。   シェルド侯爵はこの国を支えているのは貴族であるが、その根本を支えているのは平民であることを知っている。 (平民がどれほど大切な存在で、決して見下していい相手ではないということを、これまで息子に教えてきたつもりだったが……。どうやら、息子には伝わっていなかったようだな)  シェルド侯爵は心の中でそう嘆く。   「今回のことは、わたしの教育不足が招いたことです。どうぞ処罰ならわたしに」    出来損ないの息子であるが、やはり自分の子は可愛いのだ。シェルド侯爵は息子のかわりに処罰を受けるつもりでいた。しかし   「こういうことは、本人が処罰されるのが道理であろう」  シスにそう言われてしまった。 「まあ、貴族の中には平民を見下しているものが多い。おまえの息子以外にも大勢いる。その中でおまえの息子だけを処罰しようとは思っていない。……今回は処罰はなしだ。だが、当分の間はダリル・ダル・シェルドの登城を禁じる。しっかりと教育し直せ」 「ははぁ」  シェルド侯爵は深く深く頭を下げるのだった。

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