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第19話
「愛してる」
行為のあまりの激しさに気を失い、力なく横たわるガルシフに向かってシスはそう告げる。聞こえていないとわかっていても自然と口に出していた。
(ずっと好きだった。ずっと愛していた。おまえに会いたいと、どれほど思っていたことか)
あの日、見知らぬ大人たちにガルシフと引き離された日、シスは自分がこの国の王族であることを知った。聞けば、シスが魔術を使ったことにより、その所在が判明したそうだ。それまではずっと行方知れずだったと大人たちから説明された。
そして王都へ連れてこられ、城に連れてこられ、父であるという男に会わせられ、王族としての教育をされ、それから村に帰ることもできず、あっという間に数年の時が経っていた。
初めの頃はどうにか村に戻る方法はないかと色々と考えていたが、それがおそらく不可能であるということを城での生活の中で悟った。
当時の王にはシスのほかに子がおらず、王位継承権第一位は必然的にシスとなった。だが、シスは自分のほかにも一応王位継承権を持つものはいるのだから、継承権を放棄してもいいだろうと最初は考えていた。しかし、どうか王位を継いで欲しいと父に懇願され、結局はこの国の王となってしまった。王となってしまえばもうあの村に戻ることはできない。もうガルシフのもとに帰ることはできない。そう諦めていたのだが……。
(まさか、おまえから私のもとにやってくるとはな)
二度と会えないと思っていた。二度とその体温を感じることができないと思っていた。
(けれど、再びおまえは私の前に現れた。そのぬくもりを感じることができた)
十年以上の時を経て、奇跡のような再会を果たしたあの日、シスはもう一生離してやれないと思った。
*
誰かに名前を呼ばれたような気がして、ガルシフは重たい瞼を少しだけ開けた。ぼんやりとした視界の先に神秘的な瞳を見つける。ほかの何とも見間違えることのない美しい瞳がガルシフを見つめていた。
「シ、ス……」
そう呼ぶ声は酷くかすれていた。
シスはガルシフの声を聞くと、ぱっと表情を明るくした。しかし、すぐに申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまない」
弱々しい声でそう言った。だが、ガルシフはいったい何に対して謝られているのか一瞬わからなかった。けれど、次の言葉で理解する。
「おまえには無理をさせてしまった。もう少し、優しく抱くつもりだったのだが……」
抱く。そう、ガルシフはシスに抱かれたのだ。それも気を失うほど激しく。
(俺は、シスに……抱かれたのか……)
ガルシフは、はっきりとしない頭で昨夜のことを振り返る。
一瞬のことだった。シスに口づけをされたと理解した時には、すでに寝台の上に押し倒されていた。こちらが何を言う暇もなく、身につけていた寝衣を剥ぎ取られ、身体中の至るところを愛撫された。自分でも触れたことのないそこに指を入れられ、念入りに、だが性急にほぐされ、シスの灼熱の杭を打ち込まれた。その直後はただただ圧迫感と違和感がすごかったが、次第に快楽を感じるようになっていった。そして、その後の記憶はほとんどない。ひたすらに気持ちが良くて、むしろ良過ぎて辛かったということしか覚えていない。
「私はもう行かなくてはいけないが、おまえはまだ休んでいろ。本当は今日一日くらいはおまえの側にずっといたいのだがな……。ああそうだ、今日の護衛のことは気にしなくていい」
ガルシフがうろ覚えながらも昨夜のことを思い出していると、どこか甘さを含んだような声音でシスがそう言った。最後に付け足された言葉にガルシフの意識が一気に覚醒する。ガルシフは寝台から勢いよく起きあがった。
「──いっ!」
すると、腰のあたりから尻のあらぬ場所にかけて、凄まじい鈍痛が襲いかかってきた。ガルシフは再び寝台に横たわる。
「ふむ、やはり無理をさせたようだな。身体中が痛かろう。だから今日は無理せず休め」
ガルシフの様子を見て、シスがそう言う。ガルシフはその言葉を聞いてなんとも言えない気持ちになった。けれど、確かに今の状態ではシスの護衛を務めることは無理だと思い素直に頷いた。
「よし、では私は行く。昼頃に一度戻る。それまでこの部屋で好きにしていろ」
それからすぐにシスは部屋から出て行った。ひとり残されたガルシフはしばらくの間シスが出て行った扉の方を見つめていた。
(好きにしていろと言われてもな……)
思うように身体が動かない状態でいったい何ができるのだろうか。そうガルシフが考えていると──こんこん。扉を叩く音が聞こえてきた。
(いったい誰だ?)
この部屋には現在ガルシフしかいない。そもそもシスに用があるならば、この時間帯にこの部屋に誰かがやってくることはない。ということは自分に用だろうかとガルシフは考える。
「失礼します、ガルシフ様」
そう言って部屋に入ってきたのは、昨夜シスの部屋の前にいたあの侍従だった。
「あなたは……」
「陛下よりあなた様のお世話を任されました、ナヴィオでございます。なんなりとお申し付けください」
ナヴィオは恭しくお辞儀をする。この時初めてガルシフは侍従の名前を知った。
「シスが、あなたを俺に?」
「はい。暇を持て余しているだろうから、話し相手になって欲しいと。それと、今日一日は身体が思うように動かないだろうから、手を貸してやれと陛下に」
ナヴィオの話を聞いて、ガルシフはシスが色々と自分のことを考えてくれていたことを知る。シスの想像通り暇を持て余しているガルシフにとってナヴィオの存在は非常にありがたかった。
「では、早速でございますが、朝食をご用意しました。食べられそうですか?」
「え、はい…あ、いえ、すみません、ここから動けそうになくて……朝食は……」
そうガルシフが断ろうとしていると
「ああ、問題ありません。陛下から寝台の上での食事を許可されておりますから、ガルシフ様はどうかそのまま」
本当にシスは細かいところまでガルシフのことをよく考えてくれているようだった。身体の方は不調だが食欲はあるので、ガルシフはお言葉に甘えて寝台の上で朝食を取ることにした。
朝食を食べ終えた頃には痛みに慣れたこともあり、多少は動けるようになっていた。とは言え、しっかりと歩くことはまだ無理そうである。ガルシフは寝台の上でナヴィオと話しをしていた。
「ガルシフ様の記憶力は凄まじいですね。先ほどお読みになられたばかりの本の内容をほぼ完璧に覚えておられる」
ナヴィオが感嘆混じりの声で言う。
「見て暗記をするのは得意なんです」
「いえいえ、ガルシフ様のそれは得意で済まされるような能力ではございません」
二人は短い間で随分と打ち解けていた。ガルシフが暇にならないようにと様々な種類の本をナヴィオが用意してくれており、身体を動かすことの方が好きだが本を読むことも好きなガルシフは夢中でそれらを読んだ。時折、難しい文章があったりして読む速度が遅くなることもあったが、そういう時は懇切丁寧にナヴィオが教えてくれたためより理解が深まった。
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