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第20話

「なあナヴィオ、聞いてもいいか」 「はい、私がお答えできることでしたら」  また幾分か時間が経ち、すっかり敬語も取れていつもの口調に戻ったガルシフは、今読んでいる本から顔を上げナヴィオに聞いた。  最初は貴族であろうナヴィオに敬語を使って話していたガルシフだったが、ぎこちなく喋るガルシフの様子を見かねたナヴィオに普段と同じように喋って良いと言われた。敬語にあまり慣れていないガルシフはその言葉に甘えた。 「シスのことなんだけど、シスはいつもああなのか?」    わざと言葉を濁して言う。昨日のシスの部屋の前にいた煌びやかな二人組を思い出す。服装からして貴族ではない、おそらく娼である彼らを呼んだ理由はもちろん行為をするため。ユウエンの口ぶりから、その行為が意味のあることだというのがわかる。実際にガルシフと肌を重ねた後のシスは、昨日とは打って変わってすっきりとした表情をしていた。 「いつも発熱するたびに、あんなに苦しそうにしてるのか?ユウエン様は生理現象と言っていたが、体に問題はないのか?」  本当は本人に直接聞くべきなのだろうが、なんとなく聞きづらい。ナヴィオはシスの侍従であるから昨日のシスの状態にも詳しいだろうとガルシフは思った。 「そうですね、ガルシフ様ならお伝えしても問題ないでしょう」  数秒思案したナヴィオが言う。 「ガルシフ様はどのくらいこの国の王族についてご存知でしょう」 「どのくらい……」  この地にハヴィスという国を建国した血筋であり、自分のような者が軽口を叩けるような存在ではない。本当ならば直接御尊顔を見ることも憚られるそんな尊き存在である。 「この国の王がシスで、シスのほかにも王族が何人かいるってことくらいしか……」  つまり、ほとんど何も知らない。ガルシフにとって王族とは自分よりも遥か高い場所にいる人たちだ。王国の騎士団に入団してはいるが、ほとんど関わることもない雲の上の存在。 「まあ、平民の認識なんてだいたいこんなものだろう」  そうナヴィオに言えば 「大丈夫です。これから先、嫌でも王族について詳しくなりますから」  と言われた。  いったい何が大丈夫なのかわからないが、一応ガルシフは「そうか」と頷いた。  遥か昔のことだ。それはハヴィスの成り立ちについて。  その昔、ハヴィスは花も木も川もない荒れ果てた荒野だった。何もない、生きものが暮らすにはあまりにも寂しい場所だった。  その地にある日一匹の竜が現れる。それはそれは美しい目をした大きな竜である。 「竜?」 「ええ、竜です」 「実在するのか」  竜なんて御伽話くらいでしか聞いたことがない。だが、ナヴィオが言うには遠い昔に本当に存在していたようだ。 「実在します。正確に言えば、実在したが正しいですが。純粋な竜は随分と昔に絶滅したとされています」  ナヴィオは続ける。 「地上に降り立った竜は、そこで一人の人間と出会いました。美しい人間の娘です」  竜は人間の娘を愛し、人間の娘もまた竜を愛していた。竜と娘はツガイだった。  竜は非常に愛情深く、生涯にただ唯一しか愛さない。愛せない。 「そんな二人から生まれたのが初代ハヴィス王です」 「つまり、ハヴィスの王族には竜の血が流れていると」 「そうです。そして、この竜の血というのが今回のことに大きく関わってきます」  竜は強い生きものだ。その魔力量は世界最高峰であり、その血を受け継いだ歴代のハヴィスの王族たちも凄まじい魔力を持って生まれた。  その魔力が要因で起こるのが発熱である。歴代の王族たちも同じ悩みを抱えていたそうだ。竜の魔力は人間の体には強過ぎるため、発熱をそのままにしていると場合によっては 「え、死ぬのか」 「ええ。あくまでも体内に溜まった魔力を一切発散しないでそのままにしているとですが。ただ発散しないからといって、必ずしもすぐに死ぬというわけではありません」  それでも、とナヴィオは付け足す。 「熱を発散するに越したことはありません。そして、その熱を発散するのに一番手っ取り早いのが肌を重ね合わせることなのですが、陛下は滅多に娼たちをお使いになりません。一応、魔術薬で魔力を発散する方法もあるにはあるのですが。いつもならばそれでいくらか魔力を発散することができるのですが、昨日は特に発熱が酷く今回ばかりは魔術薬ではだめでした」  だからこそ、昨日ナヴィオは必死に娼たちを抱くようにシスを説得していた。結局シスは最後まで彼らを抱こうとはしなかったが。 (かわりに俺が抱かれたけどな)  あれは恋人や夫婦たちの睦とは違う、獣に貪られているような、襲われているような、なんとも激しい睦み合いだった。もうだいぶ回復はしているが、おかげでガルシフの体はぼろぼろである。 (まあ、嫌ではなかったし)  そう、嫌ではなかったのだ。確かに最初は違和感がすごく痛みもあったが、シスに抱かれたことは嫌ではなかった。 「シスの助けになれたのなら良かった」  ガルシフが呟く。 「ええ、本当にガルシフ様には皆感謝しております。どうかこれからも陛下の元に居てくださいませ」  そう言って、ナヴィオは恭しく頭を下げた。

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