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第21話

「ただいまガルシフ、体の調子はどうだ」  昼になり自室に戻って来たシスは、ガルシフの顔を見てその表情を綻ばせた。ナヴィオはシスの姿を確認すると、静かに部屋を出て行った。 「ああ、おかげさまでそこそこ動けるようになった」  まだ多少体は痛むが、気にならない程度には回復した。 「それは良かった。昨日はだいぶ無理をさせてしまったからな」 「なに、気にするな」  その言葉通りガルシフは昨日のことをあまり気にしていなかった。相手がシスだったということもあるが、あの行為がシスの熱を鎮める最善の方法だったとナヴィオの説明を聞いて理解したからだ。  何か理由があって魔術薬ばかりを頼っているのかもしれないが、できることならなるべく薬は頼らずに自然に熱を発散してほしいとガルシフは思う。薬に頼り過ぎるのは良くないとナヴィオも言っていた。飲み過ぎれば徐々にその効力が薄くなるそうだ。加えて、魔術薬はすぐにその熱を鎮めることはできるが、頭痛に吐き気、眩暈などの強い副作用があるらしい。 「シスこそあまり無理はするなよ。薬もほどほどにな」 「なんだ、ナヴィオから聞いたのか」 「ああ、おまえが娼たちを遠ざけるって嘆いていた。薬の量も減らしてほしいとも」 「はっ、無理な話だな」  皮肉げにシスが言う。 「どうしてだ。飲み過ぎは良くないんだろう」  薬を飲んだ次の日のシスの顔色は副作用のせいで今にも倒れてしまいそうなほど悪いそうだ。侍従として見過ごせないと酷く心配した様子でナヴィオが話していた。 「おまえも私が心配か」  突然シスがそんなことを言い出した。何を当たり前のことをとガルシフは思った。当然、心配に決まっている。 「もちろん心配だ」  そうガルシフが言えば、シスはふっと小さく笑みを浮かべて次に何かを思案するような顔をした。  発熱の主な要因はその強過ぎる魔力が体内に溜まり過ぎてしまうことである。その魔力を体外に発散する一番手っ取り早い方法は性交であるが、シスはあまりその方法を好んでいないようだった。 (昨日は仕方なく俺を抱いたんだろうな)  本当はこんなゴツくてデカい男を相手にするよりも、華奢で美しい男女を相手にする方が良かっただろうに。おそらく大多数の人間がガルシフのような男よりも、華奢で美しい人間の方を選ぶはずた。 「ひとつ、聞きたい」  シスがガルシフの方を見て言う。 「おまえは私に抱かれて嫌だったか」  無機質な声で、けれどどこか不安そうな声で。  シスを見れば、どことなくその表情がかたい。そんなシスにガルシフは率直に答える。 「嫌ではなかった」 「本当に?」 「ああ、本当に」  その言葉に嘘偽りはない。 「俺は昨日のことは事故、いや治療だと思っている。もしおまえが俺を無理やり抱いたと思っているのならそれは間違いだ」  部屋に誰も入れたがらないシスを半ば強引に説得して、その扉を開けさせたのはガルシフである。むしろ、シスはガルシフを遠ざけようとした。傷つけてしまうことを恐れていた。発熱による体の苦しみに必死に堪えながら自分よりもガルシフを優先していた。  シスが何を不安に思っているのかガルシフにはわからないが、これだけは言っておきたい。 「俺がおまえを嫌うことはない」  シスを嫌うことなんてあるはずがない。 「もしまた熱で体が辛くなったら俺を抱けばいい。こんな抱き心地の悪そうな男でもいいのなら何度だって」  それでシスが楽になるのなら俺の体なんてどうだっていい。そう言えば、シスは驚いたように二、三度目を瞬かせた。それから   「なんとも凄まじい殺し文句だな」  と言って、その表情を緩めた。 「本当はおまえのそばから離れたくはないのだがな」  そう今朝と同じことを言うシスにガルシフは仕方がなさそうに笑った。 「だが、そろそろ行かなくては。これ以上あの者らを待たせていると後がうるさい」  聞けば、仕事の途中で抜け出してきたそうだ。それは平気なのかとガルシフは思ったが、まあここに来れたのだからそこまで急を要する仕事はないのだろうと納得した。 「体もだいぶ回復したことだし、俺も仕事に戻ろうと思うんだが」  そんなに俺と離れたくないのなら俺がシスのそばにいればいいとガルシフは思った。ガルシフは仕事に戻りたいことをシスに伝える。 「いや、おまえはここにいろ」  しかし、すぐにそう返されてしまった。 「朝にも言ったが、今日の護衛は気にしなくていい。今日一日はユウエンが代わりについている」 「ユウエン様が?」 「ああ」  だから、おまえはこの部屋で私の帰りを待っていてくれ。シスがガルシフの頬を撫でながら言う。その手つきがあまりにも優しくて、ガルシフは少しこそばゆかった。 「……ここ、赤くなっているな」  頬から手を離し、ある一点を指で撫でながらシスが言う。 「え、どこだ」 「………」  シスに聞くが、答えない。ただじっとガルシフの首筋を見ている。 「シス?どうしたんだ」  心配になったガルシフがもう一度そう聞くが 「………」  やはりシスは何も答えない──と、その時。 「──いっ⁈」  チリっとガルシフの首筋に痛みが走った。 「これでよし」  ようやく声を発したシスが満足げに頷く。理解が追いつかず固まるガルシフ。そこに 「陛下」  シスを呼ぶ声が扉の外から聞こえてきた。  びくり、とガルシフの肩が上がる。 「そろそろお時間でございます」 「ああ、今行く」  シスは名残惜しそうにガルシフを見る。そして 「また、夜に」  最後にそう言い残して部屋を出た。  ひとり残されたガルシフは困惑げに声を上げる。 「もしかして、今までずっと外にいたのか」  誰が。 「ユウエン様にさっきの話、全部聞かれていたのか」  今日一日、自分の代わりにユウエンが護衛についているとシスが教えてくれた。護衛ならばその対象のそばにいるのは当たり前のことである。  そんなユウエンに抱かれた云々の話を聞かれたかと思うと羞恥心が凄まじい。シスは同じ孤児院で暮らしていたということもあり、自身の裸も情けない姿も何度も見られている。だから、今更シスに対して羞恥心というものはほぼない。だが、ほかの人に対しては違う。 「明日からどんな顔をして会えばいいんだ」  頭を抱えるガルシフであった。

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