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第22話

「今日も精が出るのう」    振り向けば、そこにはダートが立っていた。ガルシフは剣を振る手を止めて礼の姿勢をとる。 「よいよい、楽にせい。わたしはもう陛下の護衛騎士ではない、ただの相談役だ。そんなに畏まらんでよい」    本格的に護衛騎士の任から降りたダートは、現在騎士団全体の相談役として日々を過ごしている。ガルシフがシスの護衛騎士になってから、気づけば半年以上の月日が流れていた。   「それと精が出るのはいいことだが、あまり無理はしてはいかんぞ。おぬしには護衛のほかに陛下をお慰めするという大切な役目があるのだから」  そう言ってガルシフを注意するダート。そのあからさますぎる物言いにガルシフの顔が薄く色づく。内心、勘弁してくれと思いながらも努めて平坦に答える。 「心得ております」 「それならよいのだが。まあ、今はおぬしのことよりも陛下のことだ。最近の陛下のご様子はいかがだ」  護衛騎士ではなくなり、シスと顔を合わす機会が減ったダートは、こうして時折シスの様子をガルシフに聞きにくる。シス本人はわざわざガルシフに聞くのではなく、直接自分に聞けばいいと言っていたが、ダートが言うには前任者がいつまでも陛下の周りにいるのはよくないとのこと。本当に用がある時にだけシスのもとに行くようにしているそうだ。 「陛下なら相変わらずです」  そう短く答えるガルシフ。 「ふむ、そうか。変わらず仕事に明け暮れておるか」  今シスはこれまでの慣習を見直し、様々な改革を行っている最中である。ガルシフが護衛騎士になる前からこの国の王であるシスは忙しい様子ではあったが、最近は食事をする時間も惜しいようで、月に数回あるガルシフとの食事以外まともに食事の時間をとっていなかった。  自分との食事の時間を作るために無理をするくらいなら、わざわざ時間を作らなくてもいいとガルシフは何度も言っているのだが、シスはまったく聞く耳を持たない状態でいつも流されてしまう。ほとんど四六時中……そう、言葉通り、朝も昼も夜も、寝る時さえも、ほぼ一緒にいるのだから、食事くらい一人でしっかりと毎日食べてほしいとガルシフは思っている。 (本当にシスは何を考えているんだか……。知らないうちに俺の部屋がシスの隣になっていたのはここ最近で一番意味がわからなかった)  もともと護衛騎士になってから比較的シスの部屋に近い場所に部屋をもらっていたが、シスの発作を初めて目の当たりにした日、そのあたりからいつの間にかガルシフの部屋がシスの隣に移されていた。最初は何を勝手なことをとシスに抗議をしたが、まったくの無意味であった。 (今更だが、本当に俺があの部屋にいてもいいのか?だって、あの部屋はどう考えても王ひーー) 「そう言えば、そろそろであるな」  思考の最中、ダートがふと思い出したように言った。 「今年の陛下の誕生祭はそれは盛大に行われるのであろうな」 「……え」  思わず、と言った様子でそう小さく言葉をこぼすガルシフ。幸い、ダートには聞こえていないようだったが、誰よりもシスの近くにいる人間として有るまじき反応だった。 (まずい、忘れていた。そろそろシスの誕生日だ)  途端に冷や汗が湧き出てくる。そんなガルシフの横でダートが続ける。 「陛下もいい歳だ。そろそろ妃を迎えてくださればわたしも安心なのだがなあ」  そう言って、ダートは意味ありげにガルシフの方を見る。しかし、内心焦っているガルシフはその視線の意味に気づかない。ただただ、シスになんと言い訳をすればいいのか真面目な顔の下で考えていた。 「まあ、当人たち次第であるな。なるようになるだろう」    ダートはガルシフが聞こえないくらいの声音でそう言うのだった。 「話は変わるのだが、おぬしユウエンがどこにいるのか知らぬか?」 「ユウエン様ですか?」 「鍛錬場ならばユウエンもいると思って来たのだが……」  そう言って確認するようにダートはあたりを見回す。 「おぬしのその様子だと、ここには来ていないようだな」 「何かユウエン様にご用で?」 「用と言えば用だが、別に大したことではない。また、日を改めるとしよう。ではな、ガルシフ」    本日の鍛錬場での用はあらかた終わったダートは、ガルシフにそう告げてその場を後にした。 「ユウエン様か……」  ひとりそう呟くガルシフ。 (なんというか、最近ユウエン様と顔を合わせづらいんだよなあ)  気のせいでなければ、最近のユウエンのガルシフを見る目が少し冷たい気がする。一緒に鍛錬をする時など普通に会話をするし、別段ガルシフに対して嫌悪感を抱いてる様子はない。わからないことがあれば丁寧に説明してくれるし、談笑だってする。ただたまに、主にシスの話題が上がっている時のユウエンのガルシフに対する含みのある視線、その視線の中にほんの少しだけ毒が含まれているような気がする。  ガルシフは何かユウエンの気に障るようなことをしてしまったのかと今までの自分の行いを思い返すが、思い返せば返すほど駄目な記憶がよみがえる。ユウエンにとって気に障ってもおかしくないことが多すぎた。これまでのシスに対するガルシフの態度然り、シスの異常なまでのガルシフへの執着然り、そして色々と護衛騎士として中途半端なガルシフに対して、シスを崇拝するユウエンには面白くないことである。  ただ、ひとつ言い訳をさせてもらえるのなら、すべてはシスのはっきりとしない態度のせいである。ガルシフはシスの護衛騎士としてその職務を全うするつもりでいるのだが、シス自身がその邪魔をする。暇さえあれば食事に誘うし、要らないと言っているのに何かを与えようとする、その扱いはまるで寵姫のようである。しかし、肝心なことは言わない。言葉では何も伝えてこない。 (そろそろシスとの関係をはっきりとさせないとなあ)  今の関係が悪いとは言わない。ガルシフにとって一番大事なのは、シスのそばにいられるかどうかである。肩書はさほど重要ではない。シスのそばにいられる立場であればいいのだ。  親愛なのか友愛なのか、それともほかの感情か、シスに対する自分の気持ちが何であるのかガルシフにはわからない。けれど別にいい。 (一度シスと腹を割って話すか)  ユウエンとのこともあるし、今一度シスと今後のことについて話そうとガルシフは決めた。

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