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第25話
「特に問題はなさそうですね、おそらく疲れが溜まっているのでしょう」
各騎士団の営所には診療所が併合されており、そこには常に数人の医者が駐在している。たまたま第四騎士団に用事があったガルシフは、丁度いいからとそのまま診療所に訪れていた。
(よかった、変な病気とかじゃなくて)
結果を聞いてほっと一安心する。
「何日かは様子を見てください。それと念の為、治癒の魔術をかけときますね」
この国のほとんどの医者は大なり小なり治癒魔術をを使うことができる。ただし治癒魔術で病を治すことはできない。もし仮にガルシフが大きな病を抱えていたとしても治癒魔術では治らないというわけだ。それでも治癒魔術をかけることによって、疲れを取ったり自己回復を促すことはできるので、最近疲れやすいと感じているガルシフにはありがたかった。
「もしまた吐き気を感じたら我慢せずに来てください」
実のところ吐き気の原因ははっきりとはわからなかった。医者が言うには疲れが溜まると味覚や触覚、嗅覚などが敏感になる人間がいるそうで、おそらくガルシフもそうだろうと。
「世話になった。ありがとう、先生」
一言お礼を言ってから診療所を出たガルシフは足早に城内を歩く。シスには少し戻るのが遅くなるとあらかじめ伝えてある。だから、そこまで急ぐ必要はないのだが、近頃どうもシスのそばにいないと落ち着かない。朝も夜も一緒にいるのが当たり前のせいか、そばにいないと非常に不安になるのだ。
(トラウマってやつなのか)
自分が離れているうちにまたシスがいなくなってしまうのではないかと、また会えなくなってしまうのではないかと時折不安になる。いったい、いつになったらこの不安がなくなるのかガルシフにはわからなかった。
「……ーーで、ーーガルーー」
ガルシフはその場で立ち止まる。
(なんだ?シスのほかに誰かいるのか)
扉に手をかけた状態で耳を澄ませば、中から何か言い争っているような声が聞こえる。無意識に身体強化の魔術を使っていたガルシフにはその内容がよく聞こえた。
「何度も言っているだろ、アシュレイ。ガルシフを護衛騎士から外せ」
聞こえてきた内容にぴしりとガルシフの体が固まる。
(今、なんて……)
「私も何度も言っている、それはしないと」
そう返すシスの声は凍えそうなほどに冷たい。
「一度はおまえも容認したことだろう。なぜ今になってそんな愚かしいことを言う?これは王である私の決定だ、ユウエン。それにおまえは従えないと言うのか」
シスの口から言い放たれた名前にガルシフは驚愕する。
(なんで、ユウエンが……)
最近、ガルシフを見る目が冷たいとは思っていたが、まさかシスの護衛騎士を辞めさせたいほどに嫌われていたというのか。
「仮にガルシフが私の護衛騎士ではなくなった場合、おまえはどうするつもりだ。ガルシフのかわりにおまえが私の騎士になるとでも言うのか」
そうシスが問えば、
「ああ、そうだ。わたしは、わたし以上におまえの護衛騎士に相応しい者はいないと思っている」
ユウエンははっきりとそう言った。その返答に対してシスは少し呆れたように言う。
「よくもまあ、堂々とそんなことが言えるな。では、ガルシフが護衛騎士ではなくなった後、ガルシフはどうするつもりだ」
そこでガルシフははっとする。もし本当にシスの護衛騎士から外された場合、自分がどうなるのか、どうなってしまうのか、非常に気になるところである。
「それは……」
ユウエンが言い淀む。
「……この城から出て行ってもらう」
次の瞬間
「はっ、何様のつもりだユウエン」
シスの本気の怒りがユウエンを襲う。重く、威圧的な魔力が扉の外まで漂ってきている。しかし、ユウエンは怯むことなく答える。
「わたしは心配しているのだ、アシュレイ。このままいけばおまえはガルシフ無しでは生きられなくなるだろう……先代のように」
その内容にガルシフは混乱を極める。
(俺無しでは生きていけないってどういう意味だ。それに先代って……)
「わたしはおまえが先代のようになってしまうのではないかと心配なのだ。おまえのガルシフに対する気持ちは理解しているつもりだ。だが、ガルシフはどうだ」
そこで一度ユウエンは区切る。
「たとえガルシフがおまえの気持ちに応えてくれたとしても、その後は?おまえはこの国の王でガルシフは平民だ。どうなるかなんて想像に難くない」
それでもガルシフをそばに置くつもりか。これから先、ずっと。そうユウエンは続けた。
「……ガルシフは母上とは違う」
おもむろにシスが口を開く。
「母上は心の弱い人だった」
先ほどの怒気を孕んだ声音が消え、無機質にシスが言う。
「だから、この城から、父上から逃げた」
そしてまたガルシフには理解できない内容が聞こえてきた。ガルシフは必死に耳を傾ける。
「父上は母上を心の底から愛していた。母上もまた父上を心の底から愛していた。しかし、愛だけではどうにもならないこともある。母上は王妃という地位の重圧に耐えられず、父上の元から去った。そのせいで父上は狂われてしまった」
ツガイを失った竜は狂うしかない。
ツガイ、それは前に一度ナヴィオから聞いた言葉だった。しかし、この時のガルシフはまだツガイという言葉の本当の意味を理解していなかった。
シスは淡々と話し続ける。
「ユウエンは私が狂い、そして死ぬことを恐れているのだろう。ツガイを失った父上のように」
「………」
ユウエンは何も言わない。ただじっとシスを見ていた。
「……今ならまだ引き返せる」
「もう遅い」
「遅くはない。まだ完全には番ってはいないだろう」
「それでもだ」
ガルシフには二人が何を言っているのか半分も理解することができなかった。それでもユウエンがシスを本気で心配していることはよくわかった。
「後悔するかもしれないのだぞ」
「後悔はしない」
シスは頑なだった。
「おまえの心配もよくわかる。だが、私はもうガルシフを離せない。離せる訳がない。だから、諦めてくれユウエン」
それからゆっくりとシスの気配が動く。気のせいでなければこちらに近づいて来ているような気がする。
そしてーー
「ガルシフ」
目の前の扉が開く。
「おまえも、どうか私に囚われてくれ」
憂い顔のユウエンといつもと変わらぬ様子のシスがガルシフを見ていた。
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