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Trigger Night③(R18)

 一目見ただけで高級だとわかるベッドが、音を立てた。 「あなたにとって忘れない一晩に、きっとなる」  黒崎の手が、頬に触れた。ひやりとした、冷たい手だった。 「へぇ? じゃあ僕も、楽しませてもらおうかな」  自分より少しだけ背の低い、そして華奢ではあるがしっかりと筋肉のついた身体。それが今、自分に覆い被さっている。  今度は黒崎の左手が後頭部に沿えられる。軽く引き寄せられたとき、ふわりと上品な香水の香りが鼻腔をくすぐった。 「ん、……ふ、ぅ」  唇が、重なる。  生温かい舌が、咥内に差し込まれる。そしてゆっくりと、歯列をなぞった。  黒崎は何度も角度を変えて、深く口づける。こちらも、それに応えるように、舌を絡め返した。 ────へぇ。やっぱり慣れてるね。  黒崎のキスは、上手いか下手かで言えば、上手かった。不快さのない、丁寧で上品なキス。普段相手にしている上層部の加齢臭塗れの男たちとは大違いだった。 「ん……」  唇が離れる。銀色の糸が、伸びた後、ぷつりと切れた。  黒崎は首筋に手を伸ばす。そしてするすると首から胸元をソフトタッチで撫で始めた。  くすぐったいような、むず痒いような感覚。  しかし、不思議と不快ではなかった。  不本意にも、性的快感が高められていくのを感じた。  焦らすように皮膚を撫で回したあと、黒崎の手が胸元に伸びる。 「榊原さんは、ここで気持ちよくなれますか?」  黒崎は、ワイシャツの上から、指先で胸の突起の周りをくるくると優しく撫でた。 「ん、……別に感じたりはしないかな。……まぁ、好きに触ってもらっていいけど」 「じゃあ今日から、気持ちよくなれるようにしてあげましょうか」  耳元でくすりという笑い声が聞こえた。  そして、意外と愚かなんだなと思った。そんなところ弄っても、自分は何も感じないのに。  まぁ、いつもどおり、適当に喘いで満足させれば良い。────そう思ったときだった。 「ん、……ぁ……?」  細い指先が突起の中心に触れた時、自分の腰はぴくりと揺れた。  理由はわからない。  ただ、反射的に、身体が動いた。 「ふふ、大丈夫。素質はありますよ……ほら」 「ぅ、あぁ、……!」  きゅ、っと黒崎に突起を摘まれた途端、今度は腰が甘く疼いた。  こんな感覚は、初めてだった。  頭が軽く、混乱する。  そんな自分の様子を見て、黒崎は鼻先で息を抜いた。 「ほら、もうこんなに勃ってますよ。見えますか?」 「…………っ!」  顎を引いて胸元を見ると、ワイシャツ越しにもわかるほど、それは二つともピンと大きくなって、恥ずかしいくらい存在を主張していた。 「はは、生理現象…………だよ」 「そうですね。快感もすべては、生理現象の賜物だ」 「ん、ぅ……っ……ひ、、ぁ……」  膨らんだソレを黒崎はカリカリと爪先で弾く。耐えようと思っても、その度に小さな喘ぎ声が漏れてしまう。 ────何が、起きている?  意味がわからなかった。  この感覚は、一体────?  でも、もっと──── 「そろそろ直接、欲しいですよね?」  ゾク、と背筋が震えた。  やめてほしい。という気持ちと、もっと欲しいという肉体的な欲求がせめぎ合う。  押し黙っていると、黒崎は唇の端を跳ね上げる。そして、ワイシャツのボタンを一つずつ外していく。  顕になった上半身を、二つの眼球が舐め回す。 「…………美しいな」  黒崎は独り言のように呟いた。  そして再び手を這わせる。  しかし、その手は乳首ではなく、脇腹に添えられた。そして脇腹から下腹部、鳩尾へとするすると手を這わせていく。 ────心地いい。  そう感じてしまった。  しかし、物足りない。 ──────焦らさずに早くそこを触ってほしい。  思わずそう思ってしまった。  そしてそれを自覚した瞬間、嫌な汗が背中を伝った。 「ここももう、こうなってるんですね」 「……っ! ……それも、生理現象でしょ」  黒崎が、布越しに大きくなった自身のそれに触れる。優しく、撫でるだけの動きだった。  何度か布の上からするすると撫でたあと、ベルトが外されていく音がした。無駄のない動きで、スラックスを剥ぎ取られ、気づけば自分ははだけたワイシャツと下着だけの姿にされていた。  自身の中心に視線を落とせば、ソレはしっかりと勃ち上がっており、先走りで布はぐっしょりと濡れていた。羞恥心をかき消すため、生理現象だと再び自分に言い聞かせる。  黒崎が下着に手をかける。そして、そのまま脱がされた。  剥き出しになったそこは、自分でも驚くほど大きく勃ちあがっていて、先端からはだらだらと先走り液が溢れ出ていた。  思わず、目を逸らす。 「まだ軽く触っただけなのに、こんなになるんですね。榊原さん」  そんなこちらの様子を見透かしたように、黒崎は笑った。そしてベッドサイドに用意されていたローションを手にとり、中身を手のひらにあける。  しかし、すぐには塗ってこなかった。まずは手の温度で温めているらしい。さすが手慣れた男だ、と思った。 「脚、開いて」  黒崎の左手が、脚を掴む。そしてぐっと力を込められ、M字に開脚させられた。  こんな格好を他人に晒すのは初めてではない。なにかしらの対価を得るため、自分は上層部の中年男と散々寝てきた。  だから、もう慣れている。  何も感じない。  はずだったのに。  この男の前で、この格好を晒すのは、すごく屈辱的だった。なぜかはわからない。羞恥心で身体が火照った。 「ん、……っ」  手のひらで温められたローションが、後孔に塗り込められる。指先でくるくると優しくなぞられる感覚に、むずむずした。 「挿れますよ」 「ん、、ぁ、……っ」  ぬるり、と指が一本、自分のナカに挿入される。  入った指は、ゆっくりと動き始め、肉壁をかき分ける。 「ふ、ぅ……は、ぁっ……」  乱れそうになる呼吸を、慌てて整える。  下腹の奥が、じんじんと熱い。  だが、相手のペースに呑まれるわけにはいかない。理性の皮をかぶせて、押し込めろ。  ここで乱されるのは、相手の思う壺だ。 「……君の愛撫は、ずいぶんと丁寧なんだね……もっとさっと終わらせてくれてもいいのに」  皮肉気に口を開けば、黒崎は唇を綻ばせる。 「ふふ。そうはいきませんよ。ゆっくり丁寧にほぐしていかないと、公安のあなたの快楽に喘ぐ顔が見れませんから」 「へぇ? 残念だけど僕は、ナカであんまり感じないタチなんだ。ごめんね」 「大丈夫。きっとすぐに良くなりますから」  黒崎の指は、ぬかるんだ粘膜の奥へと深く入り込んでくる。  指の角度が変わる  その瞬間、脳がわずかに揺れた。 「────っ!」  ぐっ、と奥歯を噛む。声が漏れそうになるのを、必死に喉の奥で押し潰した。 「……ああ、ここですね。反応が素直で、助かります」  黒崎は笑う。  だが、負けるわけにはいかない。  この男に、「自分が快感に屈している」と思わせるのだけは、癪だった。  そんな自尊心が虚勢となって、ぎりぎりの体裁を保たせる。  けれど。  ───それも、長くは続かなかった。 「……ふっ……あ、……っ……」  黒崎の指が、執拗に一点を掠める。  同じ場所を、何度も、何度も──  内側からこすられるたびに、下腹に火がついたように熱が溜まっていく。 「……ナカで感じない、なんて嘘だったんですね榊原さん」 「……それはどうかな? 演技かもよ?」 「演技? 僕の前でそんなものは、必要ないですよ」  言葉の端々が、嘲るように舌を巻く。  笑ってる。その余裕が、腹立たしい。  だけど、抗えない。 「ほら、ここ……こうされると、勝手に腰が動く」 「っ……そんな……ん、ぁ……っ……!」  指先が少し強く、押し上げられた。  視界の端がかすみ、呼吸が浅くなる。  身体は、もうとっくに正直だった。  なのに。 「……へぇ。君、ほんとに手慣れてるね……」  苦し紛れに微笑んでやる。  あくまで余裕のふりをして。  快感に身体が震えていることなど、まるで意に介していないような顔で。 「楽しんでくれてるみたいで、よかったよ……」 「ええ。公安の方が、こんなに“可愛げのある身体”をお持ちだとは思わなくて」 「……ふふ、それ、社交辞令?」  ぐちゃぐちゅ、とナカをかき回されるたび、腰が揺れてしまう。口から甘い声が漏れ出ないよう、手の甲を噛んで耐えた。 ────おかしいな。  普段、こういうことをする時は、相手を満足させるために、「気持ちいい」と繰り返したり、オーバーな演技をしたりしている。  なのになぜか、今回は────快感を肯定できない。  今まで演技ができていたのは、むしろ快感を感じでいなかったからなのだろうか。本当に快感を与えられてしまうと、素直に「気持ちいい」と言うことができない。  それとも、この黒崎啓という男の前だからなのか。 ────調子が、狂うな。  手の甲で顔を隠しながら、榊原は苦笑した。  だめだ。いつもどおりの調子を取り戻さないと。  そんなことを考えていた、そのときだった。 「考えごとですか? 随分余裕があるようで」 「────っ?!」  ごりゅ、ととある一点を強く押し潰された瞬間、目の前に火花が散った。 「は、……ぁ、ッ?! ……く、ぁッ」 「ふふ。ここ、前立腺です。その反応を見るに、ここで気持ちよくなるのは初めてですかね?」 「ま、……っ、て……や、ぁ……ッ!」  黒崎はにっこりと笑いながら、指を動かす。その度に痺れるような快感が下半身を襲った。 「指でイってもいいんですよ? ほら、もうちょっとでイきそうだ」 「は、は……そん、なわけ……ない……ッ! んぁああッ!」  ごりゅごりゅ、と黒崎の指は自分の弱いところをピンポイントで狙って指圧してくる。快感から逃れようと腰を引くが、黒崎の左手がそれを拒んだ。 「ふふ、気持ちいいからって、逃げたらダメですよ?」 「ちが、……ッ! あ、……く、ぅ……は、ぁッ! や、だ……っ! ま、っ……て!」 「本当に気持ちよさそうですね。榊原警視正?」 「────っ!」  警視正、と呼ばれた瞬間、身体がカッと熱くなった。  そうだ。  これは、あくまで、公安警察官としての任務だ。情報を得るためだけの、手段。  それなのに、こんなに快感を感じさせられてるなんて────  榊原は、ぎゅっと、シーツを掴む。  迫り来る快感の波に必死に耐えようとした。  しかし。 ────それは無駄だった。 「ほら、イっていいですよ」 「あ……ッ! く……ぁあーーーーーッ!」  全身に感じたことのない快感が走った。ガクン、と身体が大きく跳ねる。そして性器から白濁が飛び出し、腹を汚す。 「は、ぁ…………う、そでしょ…………」 「嘘じゃないですよ。ほら、よーく見て」  腹の上にこぼれた白濁を、黒崎が指で掬う。そして榊原の眼前につきつけた。 「指だけでイっちゃいましたね」 「……それ、悪趣味だ……ね……」 「失礼。あなたのこんな姿を見れて、嬉しかったものですから」  くすくす、と黒崎は笑った。  屈辱だった。  まさか、本当にイかされてしまうなんて。  今まで、散々いろんな相手とセックスはしてきたが、ナカで達したことなど一度もなかった。ましてや、指だけでなんて。  ぎゅっと下唇を噛む。 「榊原さん。指だけじゃ満足できないですよね?」  黒崎が自らのベルトを緩め、履いていたスラックスを脱ぎ捨てる。そして下着も脱ぎ、大きくなったそれを見せつける。  そして黒崎は、再びローションを取り出した。くちゅり、と掌で温められた音がする。  なぜか自分の下腹は、きゅっと疼いてしまう。  挿入など求めていない。そのはずなのに。  黒崎のそれが今から入ってくると思うと、後孔がひくつくような感覚がしてしまう。 「そろそろ挿れていいですよね?」 「もちろん。無駄な前戯はさっさと終わらせて、とっとと始めようよ」  挑発するように言い放った。こんな言い方をしてしまうなんて、やはり自分は、相当悔しかったらしい。  まずいな。冷静になれ。 ────感情に支配されるな。

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