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Trigger Night④

 夜明け前の午前四時。六本木。  自室のベッドルームは、静かだった。潮が引いたあとの海みたいに、ベッドの上には、熱と、湿度と、静けさだけが残っている。  榊原さんの身体はぐったりとベッドシーツに沈んでいる。 眠っている、というより気絶している、という表現が正しいだろう。  何度も果てて、喘いで、叫んで。最後は、言葉も出ないまま、僕の腕の中で崩れ落ちた。  肢体はすっかり力を失い、それでも肌だけは、まだほんのりと火照っている。  指先で頬を撫でる。反応はない。  けれど、その頬は、最初に会った時よりずっと温かく、柔らかだった。 「……綺麗ですよ、榊原さん」  口に出して、初めて自覚する。  そうだ。  僕はこの人を、“綺麗に仕上げた”。  理性の鎧を剥いで、身体を性感帯に作り変えて。  叫ばせて、泣かせて、絶頂に溺れさせた。  もう、逃げられない。  逃がさない。絶対に。  気絶したその姿さえも──美しい。  シーツの上でぐったりと横たわる裸の背中。爪痕の残る肩と、白濁に濡れた腹部。張りつめた声も、震える脚も、すべてが今夜の“完成品”だ。  そっと、ぬるま湯で絞ったタオルで、全身を拭ってあげる。どろりと垂れたローションも、丁寧に拭き取った。  乱れた髪を整えて、下着を履かせ、ワイシャツを着せる。 「────あなたはもう、僕のものだ」  耳元で囁く。  自分のことを支配し、手中に納めるためにやってきた獣。  そんな獣を、逆に己の蜘蛛の糸で絡め取ってやりたい。  そして骨の髄まで──── ────準備は、整った。  あとは少しずつ、榊原孝之という男の歯車を狂わせていけばいい。 「榊原さん。……これは、“マーキング”ですよ」  榊原さんの首筋に吸い付く。そして赤黒い跡をつけた。  その証を抱いて、あなたはまた、公安のオフィスに戻る。  どれだけ仕事で優秀でも、何人を欺いても、その首の裏には、僕のキスの跡が、ほんのりと残っている。  それだけで十分。  だって、榊原孝之さん。  あなたは────  もう“僕のもの”なんですから。  

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