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unlock④余韻
バスルームの扉が閉まる音とともに、しんとした静寂が室内を支配した。
黒崎の気配が遠ざかる。シャワーの水音が、少し遅れて響きはじめる。
榊原はベッドの上で、まるで壊れた人形のように動けずにいた。
脚を投げ出し、ぐったりと仰向けに倒れたまま、ただ天井を見つめている。
そこには何もない。
けれど、まぶたを閉じても、浮かんでくるのは────自分の顔だった。
いや、自分の────“あんな顔”だ。
スマホに映し出された、自分とは思えないような痴態。
脚を広げ、指を咥え、何度も彼の名前を呼びながら快楽に溺れていた男。
画面の中で喘ぐその姿に、黒崎が笑ったときの声が、まだ耳の奥に残っている。
────あれが自分、なのか?
虚しさと嫌悪感が、喉の奥からせり上がってきた。
でも吐き出すことはできなかった。
声も出せず、手も足も動かず、ただ茫然と天井を見ていた。
ナカから、とろりと何かが零れ落ちる感覚がある。
それが誰のものなのか、思い出すのも嫌だった。
けれど、拒めなかった。
気持ちよかった。
何度も何度も、あの声に追い詰められながら、絶頂した。
あんなふうに、されたのに。
されてしまったのに。
……それでも、どこかで“満たされていた”自分がいた。
誰の声も届かないような静寂の中、榊原は、静かに呟いた。
「────僕、なにやってるんだろうな……」
誰に問いかけたわけでもない。
ただ、ぽつりと。
感情の抜け落ちた声が、冷えた空気に消えていった。
シャワーの音がまだ遠くで響いている。
その音に紛れて、鼓膜の奥で、黒崎の声が蘇る。
『あなたは、もう僕のものですよ』
────冗談じゃない、と言いたいのに。
唇は震えるだけで、言葉にならなかった。
何を失ったのだろう。
何を、手放してしまったのだろう。
自分は公安刑事だったはずだ。
国家の秩序を守る者であり、冷徹な合理を操る側の人間だった。
それなのに。
今、この部屋で。
誰にも見せられない姿で、ベッドに沈み、
黒崎の匂いがこびりついたシーツの上で、身体を投げ出している。
身体はまだ熱を帯びていた。
さっきまで自分を貫いていたものの残り香が、ナカにずっしりと沈んでいる。
汗と精液が混じった匂いが鼻をくすぐるたび、顔をしかめた。
でも────それすら、もう“どうでもいい”と思っている自分がいた。
────壊れかけてるのかもな。
そう思った。
でも、“壊れた方が楽かもしれない”と、ほんの少しだけ感じてしまった自分もいた。
そのことが、何より、恐ろしかった。
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