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FALL DOWN(媚薬+拘束+玩具攻め) ①誘惑

 榊原から見た黒崎啓という男は、利用価値のかなり高い道具であった。そして、彼を手中に納めることができれば、それはかなり良い切り札になると思っていた。  しかし、そういった貴重な札──レアカードは、往々にして入手するのは困難なものである。つまり、簡単に言えば、黒崎という男は手強かった。こちらになかなか主導権を握らせない。むしろ────向こうがこちらを支配しようと画策してくるような──獰猛な獣のような一面が見え隠れする。そんな、取り扱うには非常に危険な男だった。  しかし、榊原は、それを楽しんでいた。手強い相手こそ、支配した時の達成感と優越感は強くなる。そして、黒崎を堕としたあとは、どう手のひらで踊らせようか、そんなことを考えて愉悦にひたっていた。 ────いつか足元を掬われるとも知らずに。    深夜零時。新宿の繁華街。  ネオンが輝く安っぽいホテルの入り口の前で、榊原孝之は立ちすくんでいた。  今日は、例の黒崎啓との密会。お互いの“欲しいもの”を交換し合う取引が行われる予定だ。  ホテルを用意した、と黒崎が言うのだから、てっきり立派な高級ホテルだと思い込んでいたが、目の前にあるのはいわゆるチープなラブ・ホテルだった。 ────へぇ? 随分とからかってくれるね。  榊原は苦笑しながら自動ドアを潜り、黒崎に言われた308号室まで足を進める。その部屋は3階の一番端にあった。隣の部屋との感覚を見るに、ある程度広い部屋なようだ。  ドアの前に立ち、ノックする。するとすぐに外開きのドアが開いた。 「お待ちしておりました。榊原さん」  微笑みを貼り付けた黒シャツの、すらりとした高身長の男が出迎える。 「どうも。待たせちゃったかな?」  そう言ってジャケットを脱ぎ、部屋の中に入った。  そして部屋の内装を見た瞬間、榊原は絶句した。 「…………これは君の趣味かい?」 「はは、とんでもない。空き部屋がここしかなかっただけですよ」  その部屋は赤と黒を基調にしているシックな内装だった。しかし、ベッドには謎の手枷、拷問に使うような拘束椅子、エックス字の磔が鎮座しており、おまけにいたるところに用途不明の鏡が取り付けられていた。  そう。この部屋はいわゆるエス・エム・ルームであった。 「とりあえずこのソファは普通のものですので、どうぞおかけください」  促されるまま革張りのソファに腰を下ろす。差し出されたペットボトルのミネラルウォーターを受け取り、ルーティン動作となっている未開封かを確認をさらりと済ませたあと、キャップをあけた。冷えた水が喉を潤していく。 「公安のお方をお招きするというのに、こんなチープなホテルで申し訳ない。いつものホテルが団体客で埋まっておりましてね。でも、まぁ、ここなら防音もしっかりしてますので、込み入った話もしやすいかと」 「へぇ? 君にしてはわざとらしい嘘をつくね」 「…………といいますと?」 「また僕を抱き潰すんでしょう? だからこんな場所をわざわざ選んだ」  榊原が煽るように言うと、黒崎は吹き出した。無音の空間に黒崎の笑い声が響く。 「失礼。たしかに僕は────あなたを二回も抱きました。でも、今日は、ただ取引をしにきただけですよ」 「そう? ならよかった」  ソファが軋む。黒崎がすぐ隣に腰掛けた。 「でも─────榊原さんが僕に抱かれたいって言うなら」 ────僕はいつでも快諾しますよ?  そう耳元で囁かれた瞬間、皮膚が粟立った。そしてカッと体の芯が熱くなる。 「まさか。あれは君が対価として要求してきたんでしょう? 僕から要求なんてしないさ」  榊原はまたミネラルウォーターをひとくち飲んだ。 「そうですか。…………では今晩は、ビジネスに集中できますね」 「…………そうしてくれると助かるよ」  それでいい。  それでいいはずだ。  今日ここに来た目的は、公安の監視対象の人物についての情報を得るため。ただそれだけだ。  前回のようなヘマはしない。  あれは失態だ。汚点だ。  この男とのセックスに溺れ、本来の目的を達成できないなんて────許されない。  だからもうこの男とは絶対に寝ない。  そう決めている。 「では、頼まれていた件ですが────」  黒崎がとなりに座ったまま、淡々と話し始める。  すぐに触れられるような距離。黒崎が動くたびに、ふわりと高級な香水の香りが鼻腔をくすぐる。  そういえば────  あの夜も、この香りが──── 「…………榊原さん?」 「え、あ……なんでもない。……続けて」  ────だめだ。集中しろ。  榊原はぎゅっと拳を握った。  爪が手のひらに食い込む。  意識を議題に戻そうとしたそのとき。 「ふふ……」  黒崎が笑った。 「やっぱり素直じゃないですね……榊原さんは」 「────ッ⁈」  黒崎の細い手が、太ももに触れる。  じわりとした温かさが布越しに染み込んでいく。  それだけで────  それだけで榊原の腰は甘く疼いてしまった。 「本当は抱かれたい────そうでしょう?」  どき、と心臓が跳ねた。  この男に、全てを見透かされている。  つまり、すでにこの男の手のひらの上に自分はいるということだ。 「だから、勘違いだって…………」 「へぇ?」 「ん、ぁ……っ!」  黒崎の細い指が、右の胸の突起をかすめた瞬間、甘い声が漏れる。 「ちょ、……っと」 「ああ、すみません。シャツにゴミがついていたので」  黒崎はわざとらしい笑みを向ける。  一瞬触れられただけなのに、乳首はまだじんじんと熱を持っていた。 「それは失礼。私の勘違いでしたか。……じゃあ取引の話に戻りましょう」 「そ、う…………してよ」  榊原がそう言うと、黒崎はテーブルの上の資料を手に取った。そしてまた、機密事項について淡々と説明をし始める。  しかし────  ナカが疼いて────  黒崎の話が頭に入ってこない。  資料をなぞる白い指を見れば、あの夜、自分のナカを掻き回したときのことを思い出してしまう。  薄くて柔らかな唇を見れば────あの夜、まるで愛しているかのような優しい口付けを交わしたことが脳裏に浮んで離れない。 「ね、ぇ……く、ろさき……くん……」  気づけば、勝手に口が開いていた。 「……? どうしました?」  黒崎が口元に弧を描く。そしてこちらをじっくりと見つめた。 「そ、の…黒崎く、んは…………シたくない、の?」  喉は、からからに乾いていた。  理性が、何かを飲み込もうとしていた。  さっきから、指先が、膝が、胸が、すべて──黒崎の熱を探してる。  なのに、黒崎は榊原のほしいものをわざと与えてくれない。  唇を噛む。言いたくない。  こんなことを自ら言うなんて、屈辱に他ならない。  でも、このまま何もなく終わることに、身体は耐えられない。  そうして、榊原はついに、たった一言だけ、呟いた。 「……君がシたいなら……シても……いいよ?」  その声は、かすれて、震えていて、なによりも“欲している”ことを、隠しきれていなかった。  けれど、引き返せるほどの余裕は、もうなかった。  スーツの下で、シャツがわずかに汗ばんでいる。  そして、乳首はさっき触れられたきり、ずっと疼いている。  なのに──── 「……うーん」  黒崎は、唇に指をあてて首を傾げた。まるで“つまらないクイズ番組の答え”でも考えるように。 「それ、どういう意味なんですか?」 「…………え?」 「“したいならしてもいいよ”って……それってつまり、僕が勝手に抱きたいから抱くってことでいいんですか? 榊原さんは“望んでないけど、仕方なく抱かれてあげる”って感じなんですかね?」  その声は穏やかで、笑っていた。けれど、どこかに薄い棘があった。 「だったら、嫌ですよ。僕、“そういうの”はあんまり好きじゃないんです」 「────ッ」  榊原は言葉を飲み込む。喉が詰まりそうだった。  黒崎は楽しげに続けた。 「僕ね、ほんとは今日、“してくれ”って言われても困ると思ってたんですよ」 「……は?」 「だって、“この前の夜のがあまりにも気持ちよすぎて、今日も身体が疼いちゃって仕方ないんです”って……まさか、そんな風に思われてるなんて……可哀想じゃないですか、公安の刑事さんが」 「…………っ!」  榊原の手が、小さく震えた。  黒崎はさらに、わざとらしい憐れみを込めて覗き込む。 「さっきから、指がぴくぴくしてますよ。足も、そわそわ落ち着かない。……もしかして、期待してたんじゃないですか?」 「ちが……っ」 「まさか、榊原さん。……“抱いて”って言いたくて、ずっと我慢してたんですか?」  こめかみに、ぐらぐらと熱が上る。  恥ずかしさ、悔しさ、そして……言い当てられた興奮。  黒崎は今、完全に“こちらの中身”を見透かしている。 「でも、僕からは何もしませんよ」  その声が耳元に落ちる。  甘く、冷たく、意地悪に。 「“欲しいなら、自分で言ってください”……ね?」  榊原は、息を飲む。  背筋が、震える。  ゾクゾクする。  悔しくて、恥ずかしくて、情けない。  なのに。  胸の奥にある何かが、  その屈辱を、甘い“蜜”のように感じている。 「……そんな顔されても、僕は動きませんよ」  黒崎が、穏やかな声で言った。そしてくすくすと笑う。  手も出さない。口も出さない。ただ近くに座って、こっちの反応をじっと観察している。  まるで、飢えた獣の檻に入れられたのは自分のほうだったと、思い知らされる。  どれだけ表情を、態度を取り繕っても、無駄だった。  身体が、誤魔化せない。シャツ越しの胸元はずっと疼いてるし、下半身の火照りも引かない。  この男の指を思い出すだけで、喉が乾く。  なのに、黒崎はあくまで“待っている”。  こちらから“堕ちてくる瞬間”を──。  たまらなく、腹が立った。  けれど──それ以上に、その「見透かされている」という状況が、ゾクリとするほど甘美だった。 「…………く、ろさきくん」 「はい?」  声をかけたつもりだったのに、喉が乾いて掠れている。  うまく言葉が出ない。  けれど──言わなければ、終わらない。 「……っ」  喉の奥で何度か空気を飲んで、榊原は吐き出す。 「……そ、の……だ、いて……よ」  一瞬、自分の言葉が信じられなかった。  言ってしまった。  “自分から”、望んでしまった──── 「んー?」  黒崎が、わざとらしく聞き返す。  その声が、たまらなく意地悪で──たまらなく、心地よかった。 「もう一度、言ってください」 「……っ……、……抱いて、黒崎くん────」  言った瞬間、胸に熱が走る。  全身が、羞恥に焼けた。  黒崎は黙って、数秒の沈黙のあと、微笑んだ。 「はい。……よく言えましたね、榊原さん」  その一言だけで、自分がこの男の掌の上に落ちたことを、骨の髄まで思い知らされた。  白い指が顎を掴む。そして黒崎の唇が重ねられた。 「ん、ふぅ、は……ぁ……」  何度も角度を変えながら、深く口付ける。口内に差し込まれた舌を夢中で追いかけた。  酸欠で頭がぼんやりし始めた頃、ようやく唇が離された。 「は、……ぇ」 「ふふ、もうそんな顔してるんです?」  黒崎が手の甲で、口元を拭ってくれた。 「こっちに来てください」  黒崎に促されてソファから立ち上がる。そのまま何も考えずに、案内されるまま、部屋の隅に向かった。 「こ、れは…………」  拷問椅子だった。艶のある黒色で塗られており、さまざまな箇所に拘束用ベルトがぶら下がっている。そして秘部がしっかり映るよう、真下には鏡も設けられていた。 「まずは下を脱いで」 「ん、……」  恥ずかしい。  こんな明るい部屋で自分だけ服を脱がされるなんて。  だけど、抗えなかった。  ────なぜなら自分が、欲したことだから。  震える手でベルトのバックルを外す。そしてスラックスを脱ぎ、下着も下ろした。  顕になったそこは、もう十分過ぎるほど勃ち上がっていて、どろどろと透明な先走りが溢れていた。 「ん、……はず、かしい……から、見ないで……よ」 「ふふ、でも、榊原さんは恥ずかしいのが好きでしょう?」 「ちが……う……!」  黒崎の顔を見ることができず、榊原は俯いた。 「ほら、座って」 「ん、……」  ゆっくりと腰を下ろす。安っぽい椅子のひんやりとした感覚が皮膚に溶け込んでいく。 「脚を開いて」  言われるがまま脚をM字に開くと、黒崎は手早く付属のベルトで固定した。  もう、脚を閉じることはできない。試しにぐっと力を込めてみたが、びくともしなかった。そして両腕は頭上でひとまとめに固定される。  これで文字通り、榊原はまったく身動きがとれなくなった。脚をM字に大きく開き、秘部を情けないほどしっかりと晒している。恥ずかしさで俯けば、床の鏡に反射する自身のそこと目があってしまう。  榊原は耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。  耳元に黒崎の生温かい吐息がかかった。  そして、黒崎は囁く。 「じゃあ、ご褒美の時間にしましょうか────」

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