38 / 39
38.交じる体温*
カーテンの向こう側が薄っすらと明るくなってきた頃、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
誰かが一度様子を見にきたかもしれない。それらに気づくこともなく、ミルファは身体の熱と闘っていた。
熱い。寂しい。つらい……。
自身を慰めても満たされた気がするのは一瞬で、すぐに新しい欲求が生まれてくる。それでもミルファが自ら相手を求めてふらふらと部屋を出なかったのは、僅かに残った理性と、ルシアーノのガウンが手元にあったからだった。
彼のガウンからは、ルシアーノの優しい匂いがする。裸体に身につけ、袖口に顔を押し付けると、すごく安心する。
もうガウンはぐしゃぐしゃで、ミルファの体液で汚れていたが、そんなことに構う余裕はない。唯一縋れるものが身近にあったことに感謝したいくらいだ。
何度目かの自慰で、そろそろ陰茎が触りすぎでつらくなってきた。ミルファはまだ若干心理的に抵抗のある後孔へと手を動かし、そこが濡れていることを指先で確認する。
「んっ……ぁ」
新たな快感に身構えたとき――室内にすうっと微かな風が通った。
誰か来た? 疑問に思った直後、朝の森林のような清々しい香りが鼻先を掠める。あまりに魅惑的な香りに、思わず深く息を吸い込む。
「ミルファ、どうしてすぐ呼ばないんだ……」
「……ルシー?」
夢を見ているのかと思った。顔を上げると、大好きな、ミルファの求めてやまない人がそこにいる。
自分が手を伸ばしたのが先か、ルシアーノが駆け寄ってきたのが先か……いつの間にかミルファは、大きな身体にぎゅうっと抱きしめられていた。
ガウンとは比べ物にならない安心感に、身体から力が抜ける。同時に、耐え難いほどの疼きを腹の奥に感じた。
「抱いて、はやく」
「っ……大事に、する」
ミルファが耳の後ろで囁くと、ルシアーノは束の間息を詰まらせる。苦しいくらいに強く抱きしめられ、ミルファも精一杯の力で抱きしめ返した。
大事になんてしなくていいから、早く彼で満たしてほしい。
ルシアーノが上着を脱ぐために身体を離し、ミルファを見下ろす。火照って乱れた身体に、ルシアーノのガウンだけを身につけているのをどう思ったのか……夜明け色の瞳には熱が籠もり、燃え上がったように見えた。
ミルファは気が急いてルシアーノにぺたぺたと触れる。彼が服を脱ぐ手伝いをしているのか邪魔をしているのかわからない。
離れているのが我慢できずにルシアーノを引き寄せると、顔が近づいてきて唇同士が重なった。
優しく触れた唇を、ミルファが甘えを込めて食む。煽られたように分厚い舌が唇を割って入ってきて、苦しいほどに腔内を舐め尽くす。
「んんぅ……う。あ……っ」
舌を絡めて粘膜同士をこすり合わせる。溢れた唾液が口の端から零れるも、気持ちよくて蕩けた頭には気にするほどの余裕もない。
舌を甘く吸われ、上顎をくすぐられると、快感が背筋を駆け下りていく。無意識に下肢を押し付けると、ルシアーノの手がミルファのそこに触れた。
「あぁ! ルシー、だめっ……いっちゃう」
「ミルファ。かわいいな」
オメガになって膨張率が下がった気のする陰茎は、ルシアーノの大きな手ですっぽりと隠れてしまう。とろとろと垂れていた先走りを潤滑剤に扱かれると、気持ち良すぎて腰が浮く。
何度も達したはずなのに、初めて他人の手で促されると限界はあっという間だった。
「んぁっ……ぃゃ……――あ〜〜〜!!!」
ぴゅっと少量の精液しか出なかったが、快感は自分でしたときよりも強い。ルシアーノが残滓まで絞り出すように擦るから、なおのことミルファは乱れてしまった。
僅かに息が整ってくると、今度は羞恥に襲われる。
(ルシアーノの前で、ルシアーノの手で、僕はなんてことを……!)
真っ赤な顔で目を潤ませていると、こちらをじっと見ていたルシアーノはまたもや「かわいい」と零した。どこが?
首を傾げれば、お誘いだと思ったのかキスが降ってくる。
柔らかく唇が重なると、ミルファの胸は幸福感に包まれた。恥じらいなんて瞬時にどうでもよくなって、ルシアーノとようやく触れ合えている実感が湧いてきた。
想いが通じ合ってから機会もなく、我ながら長らく我慢していたのだと気づく。
「ルシアーノ、すき。うれしい……」
「俺も愛してる。やっとミルファに触れられた……」
「もっと触って?」
「ッ煽るなよ。……仰せのままに」
ルシアーノの手と唇は丁寧にミルファの身体を辿った。
顔中にキスを落とされミルファがくすくす笑うと、ルシアーノも幸せそうに笑う。その表情は見たこともないほど柔らかく、彼がついに安住の地を見つけられたことを意味していた。
敏感な首筋から鎖骨を辿り、薄い胸を愛撫される。つんと勃っていた尖りに吸い付かれると、思わぬ快感にミルファは悶えた。
「っえ……? あっ、そこ……んん〜〜っ!」
ルシアーノの顔は右胸に移り、小さな粒を舌先で転がしてくる。唾液で濡れた左の乳首は指先で摘まれ、両方からの刺激にミルファは甘い嬌声を洩らす。
こんなの知らない。でも、気持ちいい……
いまやどんな刺激も下腹部に直結し、じくじくと腹の奥が熱くなる。疼きに耐えるように膝を擦り合わせると、太ももがルシアーノの下肢に触れた。
「あ……」
硬くて、大きなものがそこにある。ルシアーノの欲望に気づいてしまえば、欲しくてたまらなくなった。ミルファの後孔からとろ、と新たな愛液が流れる。
はしたないことをしている自覚はあった。初めてなのに、欲しがるなんて……
そんな考えもちらとよぎったけれど、発情はミルファの理性を覆い尽くしてしまう。脚をそこに押し付け、わざと煽るように刺激する。
「っ! ミリー……」
「だって、はやく、欲しい……」
ルシアーノは嗜めるような声音だったが、愛称で呼ばれたミルファの方こそ口をすぼめて不満を訴えた。紺青の目は官能に潤み、海のように揺蕩っている。
ミルファの瞳よりも少しだけ濃い青の髪をもつ男を見上げれば、「ぐ」とルシアーノの喉が鳴る。少し強引な動作で、ミルファはころとうつ伏せに転がされた。
「わっ」
驚いて、睫毛をぱちぱちさせている間に腰が持ち上げられ、羞恥を感じる暇もなく濡れた蕾に触れられた。――ぬめった、なにかで。
「ふぁああんっ」
どこもかしこも敏感になっていたが、そこで快感を得られることにミルファは慣れていない。しかも、ルシアーノはべろりと舐めてきたのだ。
濡れた柔らかいもので擦られた感覚と、高い鼻が尻の狭間に当たったことで分かってしまった。
狼狽えるより、気持ちよさが勝った。びくびくと身を震わせていると、ルシアーノが優しく、しかし意図を感じさせる動きで指を差し込んでくる。
縁に擦れる感覚がするだけでゾクゾクとして、キュッと尻穴をすぼめてしまう。するとそこに何かが挟まっていることが、ありありと感じられた。
枕に顔を埋めながらミルファは顔を赤くする。とんでもないことになっている自覚はあった。
けれどこれはルシアーノなりの準備なのだと考えれば、挿れてほしいと言った手前耐えることしかできない。初めての性行為で、何が正解なのかミルファに知るすべはなかった。
最初こそ中に違和感があったものの、オメガの身体は柔軟だった。痛みがないどころか、じわじわと気持ちよい場所や強い快感が唐突に駆け上ってくる場所がある。
自分でもどこが弱いのか予測がつかず、身構えることもできないから時折高い声を上げてしまう。自分が自分じゃないみたいで、混乱する。
だって、おかしなくらい気持ちいい。
「あっ、あ……ああん! る、るしー……」
「ミルファ、受け入れてくれるか?」
涙目になって振り返ると、ルシアーノが伸び上がって労うようなキスをこめかみにくれた。ふわっと安心感が胸の中に舞い降り、ミルファはこくこく頷いて身を任せる。
衣擦れの音が聞こえたあと、窪みに丸みを持った先端が押し当てられた。熱い。腰を掴む手も熱い。
ルシアーノも興奮しているのだと分かって、嬉しくなった。今の彼は、間違いなくミルファのものだ。ひとつになれば、もっと……――
「あ。……あ、あ、……んん〜〜〜っ」
「くっ」
ぐ、と圧がかかって、蕾は従順に花開く。限界まで縁が拡げられたが、愛液によって滑り屹立が止まることはなかった。
孔をひくつかせながら、ミルファは圧倒される苦しさと満たされる悦びに嬌声を洩らす。甘い締めつけに、ルシアーノも呻いた。
先ほど強い快感をもたらした腹側の凝った場所が、陰茎で押しつぶされる。それだけでミルファは花芯から白濁した雫を零す。
ミルファが髪を振り乱して喘いだものの、ルシアーノは腰を止めるつもりもなさそうだった。入る場所まで押し込んでから、ズ、と腰を引いて同じ場所を擦り立てた。
「いゃっ、あああ! るしー、まっ。待って……!」
「悪い、待てない」
一度中で達してしまえば、もう快感しか得られなかった。強すぎる快感にびくびくと腰を揺らすも、違う場所が擦られて新たな快さが生まれてしまう。
ミルファは生理的な涙で目元を濡らしていたが、一度道のつけられた内腔はルシアーノの欲を柔らかく受け止める。だんだんと奥まで納まるようになり、互いに新たな快感を得るようになった。
「あっ。ん! ……そこっ、奥……もっとぉ……」
快楽に溺れて苦しいのに、まだ奥に来てほしい。いつの間にかミルファはもっともっとと叫び、腰を揺らしてルシアーノを誘っていた。
ルシアーノが背中に覆い被さってきて、ミルファはうつ伏せに潰れた。その重みと温かさが愛おしい。ルシアーノのフェロモンに包まれ、身体がオメガとして拓かれていく。
獲物を検めるかのように首の近くを舐められ、ざっと肌が粟立つ。項はオメガの急所でもある。
一瞬本能的な恐怖を感じたけれど、「ミリー」と低く甘い声で呼ばれると身体が先にひれ伏してしまう。
蕩けた頭でも、何を求められているのかは分かっていた。ミルファは肩を覆う長さになった胡桃色の髪を自ら片側に寄せ、項を差し出す。
外に出るのが好きなミルファにとって、髪に守られていたその場所だけは眩しいほどに白い。
緩く波打つ髪にルシアーノが口付けする。繋がった部分はしとどに濡れ、動くたびにじゅぶと水音を立てた。
先端が奥を捏ねるたび、腰から下が溶けそうな快感に包まれる。くたっとした陰茎はシーツに擦られ、とろとろと体液を零している。
深く繋がろうと浮いた尻に強くルシアーノの腰が押し付けられ、最奥が白旗を上げたように緩む。くぷっと微かな感覚があって、先端がどこかに侵入した。
「――っあ! るし……〜〜〜〜〜!!!?」
「もう離さない」
瞼の裏で光が白く弾ける。何も見えなくなるほど、限度を超えた快楽だった。
数瞬遅れて自分が達していることに気づくも、ただ快楽に溺れた。びくびくと身体が跳ね、腹の中が雄の吐精を促すように蠕動する。
情熱は奥の空間を何度か行き来し、ミルファの絶頂を引き伸ばす。背が強く反れて、何事かを囁く声が聞こえたと思った次の瞬間――項に牙が食い込んだ。
ともだちにシェアしよう!

