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第29話 継母の心得
3ー9 印
ロゼス君は、なぜか涙ぐんだ瞳で俺を見つめていた。
「こんなものがあってもあなたをラインズゲート侯爵からは守れないかもしれないけど、それでも持っていて欲しい」
それだけ言うとロゼス君は、俺に背を向けて走り去った。
何?
どういうこと?
俺がポッカーンとしてたらラトグリフがそっと歩み寄ってきた。
「どうぞ」
差し出されたお茶のカップを受けとりながら俺は、膝の上にある宝剣を扱いあぐねていた。
「これ、どうすれば」
「どうか、ロゼス様の望むようにお側に置いてください、アンリ様」
ラトグリフがなぜか目をうるうるさせてる?
どういうことですか?
「これは、私の独り言なのですが」
ラトグリフが口を開いた。
「この伯爵家においてロゼス様は、孤立されておりました。お父上であるロイズ様は、家庭を省みられることはなく、母君もロゼス様が幼い頃に亡くなられてしまいました」
そうなんだ。
俺は、『闇の華』の主人公ロゼスのことを思い出していた。
孤独の中で生きてきたアンギローズである主人公。
誰からも理解されず、疎まれて。
ラトグリフが続ける。
「ロゼス様にとって誰も信じられる者は、いなかったのです。あの方は、いつも1人で生きてこられた」
俺は、ロゼス君の孤独を思って胸が痛む。
俺には、母さんがいてくれた。
だから、俺は、堪えてこれた。
でも、ロゼス君には、そんな人もいなくて。
「だから、あなたが苦境を救ってくださったことが嬉しかったのでしょう」
うん。
なんか、わかるような気もしてきた。
ロゼス君にとっては、俺は、今、唯一の頼ることができる大人なんだ。
これは。
俺は、短剣を見下ろしてほぅっと息を吐いた。
「わかりました」
「アンリ様?」
俺は、ラトグリフを見上げて頷く。
「ロゼスからの信頼を裏切ることがないようにがんばりますね、ラトグリフさん」
一瞬、ラトグリフがはっと目を見開いて固まったような気がしたが、すぐににっこりと微笑むとその忠実な執事は、俺に頭を下げた。
「どうか、ロゼス様のために御身を大切にされてください」
御身を大切に?
俺は、大袈裟なラトグリフの言葉にきょとんとしてしまったが、ラトグリフの次の言葉をきいてぎょっとなる。
「その短剣は、本来、当主となる者が思いをよせる者に預けるものでございます」
はいっ?
俺は、まじまじとラトグリフを見つめた。
そんなもの、受け取れないし!
俺が困ってしまっているのを見てラトグリフがうっそりと微笑む。
「この伯爵家、ひいてはロゼス様のために体を張ってくださっているアンリ様へのロゼス様なりの感謝の印なのでしょう」
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