32 / 111
第32話 愛人契約
4ー2 抵抗
俺は、リュートにのし掛かられてその美しい顔を見上げて涙を流していた。
リュートは、涙を指先で拭うと俺の頬にキスを落とした。
「ああ、魔力の吸収も初めてだったのか?アンギローズなのに?」
「あ、アンギローズだからってみんながみんな魔力を吸ったりしないから!」
俺は、ロゼス君の短剣を握って声をあげる。
「お、俺は……こんな、こと……」
「気持ち良くなかったか?」
リュートに聞かれて俺は、はっと息を飲む。
「感じなかったのか?」
「それは……」
気持ち良くないとはいえない。
というか、すげぇ気持ち良かったし!
俺は、顔が熱くなって視線をそらせる。
リュートは、俺の首もとに唇を這わせる。
「幸せになりたければ、もっと自分に正直になることだ。こんなにいい匂いをさせて。お前も十分感じているんだろう?」
リュートが俺の首元でくんくんと匂いを嗅ぐ。
「いい匂いだ。魔力の強いアンギローズほど、人を引き付ける匂いを発するというが。お前の匂いは、極上だな、アンリ」
『あれは、私のものだ!』
突然、ギードの言葉が甦って思わず体が硬直する。
ギードに噛まれた項の傷がじくじくと痛むような気がして俺は、持っていた短剣をリュートに向けていた。
呼吸を乱し、泣きながら短剣を突きつける俺を黙って見下ろしていたリュートは、ふぅっとため息をついた。
「あ、あっ……」
「剣を下ろせ、アンリ」
リュートが俺から体を離した。
「もう、ここでは何もしない」
俺は、短剣を握ったまま荒い呼吸を繰り返していた。
頬を流れていく涙がぽたぽたと滴るのをリュートの手がそっと拭おうとして俺は、びくっと体を揺らした。
「大丈夫だ。もう、何もしないから」
リュートの声は、優しくて。
俺は、我慢できずに号泣していた。
リュートは、俺をそっと抱き起こすと膝に抱えてあやすように繰り返す。
「大丈夫。もう、大丈夫、だから」
「うっ……ひぐっ……」
もう、止まらなかった。
ただ、泣き続ける俺をリュートは、そっと抱き締めて優しく髪を撫でて愛おしげに何度も何度も俺の名前を呼んだ。
「アンリ、アンリ、大丈夫だよ。落ち着いて」
リュートの声は、幼い日にきいた母さんの子守唄のようで。
俺は、だんだんと気が静まっていくのを感じていた。
涙が止まり、落ち着いてくると今度は、恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなってくる。
俺は!
一応とはいえ愛人契約までしている相手に剣を向けてしまった!
その上、大泣きして慰められてしまったとか!
もう、恥ずかしくてリュートの顔が見れないし!
ともだちにシェアしよう!

