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第33話 愛人契約
4ー3 理由
「も、平気、なんで、下ろしてください」
俺が小声で呟いたがリュートは、俺を膝から下ろそうとはしない。
「下ろして、くださいっ!」
「そんなものでこの私が脅せると思われてる?」
リュートが横目で俺のことを冷たく見つめる。
俺は、はっと気づいて慌てて胸の前で持っていた短剣を下ろした。
「す、すみません!お、俺、こんな!」
俺は、短剣を上着の胸ポケットに戻す。
いくら、鞘に入っているとはいえ侯爵様に刃を向けてしまった!
もう、愛人契約どころじゃないし!
もしかしたら、約束していたロゼス君や伯爵家への支援は、打ちきられるかもしれない。
それだけじゃない。
俺も、ただではすまないかも。
俺は、リュートの腕の中で目を閉じて震えていた。
リュートは。
そっと俺の閉じられた目蓋に唇をよせてキスした。
「えっ?」
「ふっ……」
リュートが俺のことを覗き込んで口許を緩めているのを見て、俺は、不覚にも胸が高鳴るのを感じた。
リュートは、金の瞳を細めて俺に優しく微笑む。
「まったく、お前は、変な奴だな、アンリ。冬の庭でおかしな草を採集してみたり、風呂で溺れたり。かと思えば、ほとんど赤の他人の子供のために体を張ってみたり」
「それはっ!」
俺は、リュートから視線をそらす。
「採集してたのは、山菜で。風呂で溺れたのは……ちょっと睡眠不足だっただけで」
「ロゼスのために身を犠牲にしたのは、なぜだ?」
リュートの声が少しだけ固くなったような気がして俺は、慌てる。
「それは、その、ただ、ロゼスが気の毒、で……」
「気の毒だからって私の愛人にまでなって力になってやろうと?」
リュートの声が冷ややかに響く。
「もしかして、ロゼスのことを」
「それは、ないから!」
俺は、リュートに力説する。
「俺は、男に興味はないし!なにより、あんな子供になんかしたいとか思わないし!」
「子供?ロゼスは、もう、15歳だぞ?」
リュートの金の瞳が俺をじっととらえる。
「それにあれは、お前に求愛した」
「そうかもしれないけど」
俺は、うつ向くともごもごと小声で呟いた。
「それでも、俺は、あの子を見捨てられなかったんだ」
そう。
見捨てられなかっただけ。
俺は、ほんとは、グレイスフィールド伯爵が死んだ時点で伯爵家から逃げ出すつもりだったんだ。
それができなくなったのは、はっきり言ったらリュートのせいだった。
リュートが。
俺をロゼス君が成人するまで伯爵代理にしようなんて提案するから!
まあ、それでも逃げることはできた筈。
そうしなかったのは、俺が甘かったから。
ロゼス君のこれからに同情してしまったせいだった。
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