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第97話 故郷

 10ー7 コウゾ  タギラさんが屋敷から帰ってから俺は、1人部屋にこもった。  リュートは、ロロと執務室で話しているし、リトは、他の仕事で忙しいのだろう。  俺は、上着の内ポケットからロゼス君から預かっているイキナムチ様の宿った短剣を取り出した。  「イキナムチ様」  『なんじゃ?』  俺の呼び掛けにイキナムチ様が応える。  俺は、短剣を捧げ持った。  「お力をお借りしたいのですが」  俺は、紙を造るために紙の原料になるコウゾを造りたいということを伝える。  イキナムチは、俺の言葉に耳を傾けていたが、やがて口を開いた。  『つまり、また、我の記憶を取り込みたいということかぇ?』  まあ、そういうことかも。  俺が頷くと、イキナムチは、嫌そうに承諾する。  『仕方がないのう。ちょっとだけじゃぞ』  俺は、イキナムチを捧げ持ったまま、魔力を解放していく。  イキナムチの遠い記憶が俺の中に甦ってくる。  昔、昔。  あのクルシキに暮らした人々の記憶。  そして。  黒髪に黒曜石のような輝く黒い瞳をした頑強な青年の姿が過った。  『イキナムチ、俺が死んだ後も、この地に生きる者たちを守ってやってくれ』  青年がそうイキナムチに語りかける。  『頼むよ、我が友よ』  我が友  その言葉に俺は、なぜか、胸が痛む。  『この愚か者めが!』  突然、何かに殴られるような衝撃を受けて俺は、はっと気づいた。  目の前には、濃い緑の何かが蠢いている。  「な、なんだ?」  緑の中で踠いていたら、イキナムチの声が響き渡る。  『我の記憶から紙の原料を探して造るつもりなら、しっかりそのことだけに集中せんか!』  はいっ?  俺は、うねうねとうねる緑の葉の中で身動きがとれずにいた。  「こ、これっ、失敗ですか?」  俺は、絡んでくる緑の蔦を剥がしながらイキナムチに訊ねる。  イキナムチの宿る短剣は?  俺は、部屋いっぱいに広がる緑の中で銀色の短剣を探した。  『ここじゃ!』  声がして見上げると俺の頭上にふわふわと短剣が浮かんでいた。  「よかった!イキナムチ様、ご無事でしたか」  『よくないわっ!』  イキナムチが俺を怒鳴り付ける。  『何に気をとられたのか、知らんが、よそ事を考えておるからこんなことになるのじゃ!』  「こ、これ、失敗ですか?」  俺は、もう一度、イキナムチにきいた。  イキナムチは、低く呻く。  『成功じゃが、失敗ともいえる』  はい?  いったい、どっちなんですか?  

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