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第98話 故郷
10ー8 初恋の人の子供
「これが紙の原料のコウゾですか?」
タギラさんが顔をしかめる。
「魔物だなんてきいてなかったんですが」
「いや。魔物なんかじゃないから」
俺は、苦笑いする。
俺たちは、領主の館の庭の一角に植えられている奇妙な植物を前に話していた。
その植物は。
緑の長い蔦のような葉っぱが四方に伸びている大きな丸い低木のような見た目で、俺たちが近づくと葉っぱをざわざわと揺らしてその蔦を伸ばしてくるが、それほどの害はない。
つまり、たいした力を持たない木の魔物?
みたいなものだった。
「これを育てるんですか?」
タギラさんが不安げにきくのに俺は、こくっと頷く。
「これの葉っぱを水につけて煮込むと繊維がほどけるから。その繊維の溶け出した水の上澄みを濾して紙を作るんです」
「はぁ」
タギラさんは、いろんな角度からその植物のことを観察してから、俺にもう一度訊ねた。
「これの葉っぱを刈り取るんですよね?」
「そうです」
俺は、力強く頷いた。
タギラさんがうーん、と考え込んでしまう。
無理もない。
魔物みたいな植物をおいそれと育てるとか言えないですよね?
俺は、できるだけ感じのよい笑みを浮かべてタギラさんを見た。
「特に害はないので、なんとかお願いできないでしょうか?」
タギラさんは、しばらく黙考していたが、はぁっとため息を漏らす。
「わかりました。やってみましょう」
俺が顔を上げてタギラさんを見ると、彼は、むっつりとした表情で告げた。
「その代わり、条件があります」
タギラさんの真剣な表情に俺も思わず息を飲む。
タギラさんは、俺に急に頭を下げた。
「どうか、リトのことをよろしくお願いします」
はいっ?
俺がキョトンとしているとタギラさんが捲し立てた。
「あれの母親は、王都で売れっ子の役者でした。あれは、わたしを母親の愛人とか言ってましたが、とんでもない。わたしは、何度も恋文を書いたのですか振られ続けで。あれの母親は、最後には、このジルトニアの小作人であったリトの父親のもとに嫁いで幸せに暮らしているんですが、町の連中が面白がってリトに母親がわたしの愛人だったとかいう噂を流したのです。そのせいでリトは、すっかりぐれてしまって。ずっと、心配していたのですが、たまたま領地に来られた前ご領主様が使用人に取り立ててくださってわたしも安心していたんです」
一気に話してタギラさんは、はぁはぁっと息を切らせていたが、少し落ち着くと再び俺に頭を下げた。
「つまり、あれは、わたしの初恋の人の子でして。わたしの子供も同じ気持ちでして。どうか、いたらぬところのある奴ですがよろしくお願いいたします」
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