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第99話 故郷
10ー9 渡さない!
「というわけで、ジルトニアの町で紙の原料であるコウゾモドキを育ててくれることになったんです」
俺は、夕食の席でリュートに話した。
リュートは、ワインを一口飲むと俺に問いかけた。
「紙作りは、いつ頃から始められそうなんだ?」
「それが、思ったより早く始められそうで。夏までには紙を商品化できるんじゃないか、とタギラさんは言ってました」
「夏か」
リュートがふっと口許を綻ばせた。
「その頃には、金鉱も本格的に稼働しだすことだろうし、もう、このグレイスフィールド伯爵家の財政状態も心配いらんな」
俺は、こくりと頷いた。
ほんと。
よかった。
借金のかたにロゼス君を寄越せとかいいだす人がいなくて。
俺は、ホッと吐息をついていた。
「あとは、ロートルワーズか」
リュートが顔をしかめる。
ロートルワーズ子爵家。
それは、俺の実家だった。
父は、俺を実の子とも認めず、俺が15歳になっても貴族学院にも入学させてくれなかった。
貴族の子弟は、みな、王都の貴族学院で領地経営についてなど、学ぶことになっている。
にも関わらず、俺は、学院に行かせてももらえなかった。
それは、別にどうでもいい。
グレイスフィールド伯爵に俺を売ったことも、もう、いい。
支度金も俺に渡さず、金貨3枚しか与えられなかったことも。
腹違いの兄のギードが俺にけそうしていることを知っていながら無視してたことも。
ただ。
もう、関係がなくなった筈の俺を王都のグレイスフィールド伯爵邸へ、訪ねてきたりしないで欲しい!
もう、俺は、あんたのものじゃないし!
俺は、無事にロゼス君が伯爵位を継いだらこの家を出るつもりなんだし。
今さら親子面して来られても、俺の知ったことじゃない。
というか、俺をグレイスフィールド伯爵家に嫁がせたのは、なんの目的があったからなんだ?
グレイスフィールド伯爵は、あいつから多額の借金をしていた。
それでたぶん、あいつに俺を嫁に押し付けられても断れなかったのに違いない。
別にグレイスフィールド伯爵が事故死したのは、偶然なんだろうけど、そのせいで俺を利用して伯爵家をのっとろうとか思ってんじゃないだろうな!
俺は、そんなことは認めない。
グレイスフィールド伯爵家は、すべて丸っとロゼス君のもの、だ。
「アンリ」
うつ向いていた俺に不意に、リュートが呼び掛けた。
俺は、びくっと顔を上げる。
リュートの強い視線に捕えられる。
リュートが低い聞き心地のいい声で告げた。
「例え、お前がロートルワーズ子爵の企みで嫁に来たのだとしても私は、かまわない。お前は、もう、私のもの、だ。奴が何と言おうともお前を引き渡したりはしない」
俺は。
リュートの言葉に目の前が霞んで。
知らない内に俺の目からは涙が溢れていた。
「はい」
俺は、頷いた。
この男は、きっと、誰にも俺を渡しはしないだろう。
相手が王家の軍隊でも、名のある騎士団であっても。
俺の目の前にいるこの男は、俺を渡しはしない。
そう思うと、俺の胸は、じんわりと温かくなっていた。
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