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第105話 継母冥利につきますな!
11ー5 春の女神の祭り
仕立て屋の後は、俺たちは、大通りから少し入った場所にある楽器屋に向かった。
そこは、小さな店で職人肌の親父が経営している店だ。
楽団のリーダー、シトルに連れられてよく訪れていた店だった。
俺が入っていくと親父は、ちらっと目を向けた。
「アンリか。噂じゃ、お前は、すけべぇな年寄りの後妻になったってきいたんだが」
「ご、誤解だって」
俺は、楽器屋の親父に苦笑して見せる。
「確かに後妻にはなったけど、そんな変な人とかじゃ、ないし」
親父は、俺の背後に立っているリュートとロゼス君を見てふん、と鼻を鳴らす。
「どうだかな」
親父は、カウンターの奥から飾り気のない皮の楽器入れに入ったランドリンを取り出すと俺に渡した。
「シトルから預かった。お前が来たら渡してくれってよ」
「シトルが?」
俺は、受け取った楽器入れを床に置いて開けて中を見た。
中に入っていたのは艶のある美しい木目のランドリンが入っていた。
それは、俺がシトルに買ってもらったもので、俺がグレイスフィールド伯爵に嫁ぐことが決まってシトルに返したものだった。
俺は、そのランドリンを手に取るとポロンと弦を弾いた。
俺は、前世で趣味でギターを習っていた。
だから、ギターとよく似たランドリンを誰にも教わることなく弾くことができたのだ。
俺は、前世できいたことがある歌を奏でた。
それは、悲しい恋の歌で。
俺が弾き終わるとロゼス君たちが拍手をしてくれた。
「すごい、アンリ。上手だ!」
「前に楽団で演奏していたというのは、ほんとなんだな、アンリ」
俺は、恥ずかしくて顔がかぁっと火照ってくるのを感じていた。
「どうやら、腕はなまっちゃいねぇな、アンリ」
店の親父がふっと笑った。
リュートが進み出ると親父に話しかけた。
「このランドリンをもらおうか」
「ああ?」
親父は、じろっとリュートを睨み付ける。
「こいつは、もともとアンリのもんだ。勝手に持って帰ればいいさ」
俺は、ランドリンを抱えて店を出た。
街は、春の女神の祭りで人手が多くて賑わっていた。
「少し、見て回るか?アンリ」
リュートに言われて俺は、頷いた。
街は、色とりどりのきれいな服を着た人々が行き交っていて、まるで夢の中みたいに思えた。
あちこちの露天の店先を覗きながら歩いている内に俺は、リュートとロゼス君とはぐれてしまった。
いや!
いい年して迷子とかないし!
まあ、歩いて帰ろうと思えば帰れるし。
俺がそう思っていると誰かに肩を叩かれた。
振り向いた瞬間に、何か液体を吹き掛けられて俺は、意識が遠退くのを感じた。
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