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第6話
翌朝。カイルと朝食をとっていると、トントン、と控えめなノックの音が響いた。
カイルが立ち上がって扉を開けると、そこにはチルが立っている。
「おはようございます。朝早くからすみません。お昼のお弁当……よかったら、お二人で食べてください」
小さな声と一緒に差し出された包みを、カイルが受け取る。その後ろからマイロが慌てて声をかけた。
「チル!どうしたの? お弁当なんて…作ってくれたの?」
椅子から立てないマイロに気づいたカイルが、チルを部屋へ通す。
チルはタタタッとマイロの元へ駆け寄り、包みを差し出した。
「おはよう、マイロ! えっとね、これ……お昼のお弁当。食べてみてほしくて」
「う、うん。ありがと……」
久々に受け取るチルの手作り弁当。とはいえ、ジークが無駄にやきもちを焼くのを思い出して、ちょっと複雑な顔をした。
それを察したのか、チルが少し慌てるように言葉を続けた。
「い、今ね、モーリス様にトマト料理を教えてもらってるの。ジーク様でも食べられるようにって……だから、まずは二人に味見してもらえたらって思って!」
「なるほど。私たちが試食係というわけですね」
カイルがさらりと受け取りながら、ちらとマイロに目をやり、呟くように続ける。
「……ただ、チル様の手作りと知ったら、若干不機嫌になる方が一名おりますが」
「え、えっと……それは……大丈夫、です!ちゃんと伝えてあるので」
チルは少し声を小さくしながら、はにかんだように笑う。
「結婚式で、伝統的なトマト料理を出さなきゃいけないらしくて……でもジーク様がトマト苦手だから、料理長が何とかアレンジしようって…それで、モーリス様が一緒に考えてくれてるんです」
理由はどうあれ、チルとモーリスの距離が確かに縮まっているのが伝わる。毎日のように無茶な課題を出されているのに、不思議とチルは懐いているようだった。
「そういうことなら任せておけって!協力するよ。トマト嫌いも食べられるトマ料理……ね? カイルもトマト苦手だから、ちょうどいい!」
「わ、マイロありがとう!あ、カイルさんごめんなさい。苦手なものを渡しちゃって……」
「……努力はします」
カイルが真顔でうなずくのを見て、マイロは思わず笑いながら肩をすくめた。
◇◇◇
朝食後、さっそく、モーリスがまた無理難題を言いだしていた。
「_というわけで、今日の試練は舞じゃ!」
今日モーリスが、茶を飲みながら宣言したのは、まさかのバロックダンス。
王宮の舞踏会で踊るものだ。
「舞?ダ、ダンス……ですか?」
チルがきょとんと目を丸くする。
「うむ。王妃たる者、格式ある場で優雅に振る舞えねばならん。王宮の舞は、魂の礼儀じゃ。宮廷舞踏会もあるじゃろ。ましてや同性ゆえに偏見もある。余計に、見た目で納得させる力が要るのじゃよ」
うんうんと頷きながら、もっともらしくモーリスは言う。まるでかつて王族教育の指南役でも務めていたかのような口ぶりだ。
「モーリス爺、あのな、今回は式でダンスはしないって決めたから...」
ジークが渋い顔で止めようとするが、モーリスは、カッと目を見開き「やるのじゃ!」と茶を飲み干しながら断言した。
「ど、どうしよう、私……踊ったことない」
不安げにうつむくチルに、マイロが声をかける。
「チル、無理にやらなくてもいいんじゃない?結婚式でもやらないんだしさ…」
するとチルは、フルフルと首を振り、少し戸惑いながらも、一歩前へ出て言った。
「いえ……やります。私、不器用だけど……学ぶ努力はしたいです」
真っすぐなチルらしい言葉だ。そしてチルはマイロを見て頷く。マイロもチルに笑顔を返した。
これがチルの魅力である。頑張り屋さんというか、一生懸命なんだ。
無茶なことを言われても、一旦飲み込み、なんとかできるようにと努力する。このけなげであり、強い姿勢が王妃になるにはぴったりだと、マイロは思っていた。
すると、モーリスがふとこちらに目を向けた。
「よし。ではまず、お手本を見せてもらおうかの。そこの若者!カイルとマイロでな」
「えっ!? 俺ぇ!?またあ?」
声がひっくり返った。
全員の視線がこちらに集中する。マイロは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
なんでまた……っ!と、慌てて立ちあがろうとしたが、足が痛んで、逃げ腰の動きとなる。
「いやいや、ちょっと待って! 俺まだ足は完全じゃないし!」
と、思わず声を上げた。足はまだ痛む。踊るなるんて無理に決まってる。
「大丈夫じゃ。踊らせはせん。ただ、姿勢と動きの見本だけ見せてやればよい。カイルの方がうまくリードすれば、なんとかなるじゃろ。それに、マイロは運動神経が良さそうだ。足が腫れててもすぐに出来るようになる」
「どんな理屈だよ!?」
モーリスに文句を言う間もない。横を見ると、カイルがあまりにも平然とした顔で、スッと立ち上がった。
「……立てるか?」
「う……うん。片足なら、なんとか……」
すると、当然のようにカイルが手を差し出してきた。マイロの手を取り、腰に軽く添えて、さらりとリードの姿勢を取る。
「なっ……ちょ、ちょっと……待って、近い!」
「見本になるには、正確な距離が必要だ」
平然とした声で、カイルがマイロを軽く引き寄せた。
足は痛い。
しかしなぜか、心臓はもっと痛い。
手と腰に回されたカイルの腕が、思ってたよりも、なんていうか、ずっとたくましくて、そして優しい気がしてしまう。
「……っか、顔、もう...近いってば……」
「目、逸らすな。ちゃんと俺を見ろ。動きが狂う」
「ううう...ムリだって!!」
なのに、そのままカイルはマイロの足をカバーしながらくるりと回す。見事なまでにスムーズに。まるで、長年ペアを組んでいたみたいに。
「……うわぁ、すごい!」
チルが無邪気に拍手してくれるけど、マイロは今、それどころではない。耳まで真っ赤になっている。
なぜなら…
「……かわいいな」
カイルがぽつりと、息に混じるような声で呟いたから。誰でも聞こえないくらいの声で。
「は、はぁああっ!?」
「顔、真っ赤だぞ」
「もうやだあああああ!!!」
逃げ出したいのに、足が痛いのが恨めしい。結局そのまま、赤面を隠すこともできず、ぎこちなく踊らされ続けた。
「うわあ〜、なんか……ちょっとロマンチック……! 素敵〜」
チルが無邪気に手を叩き、目を輝かせて言う。周囲には届かないほどの小声で、カイルとマイロがやりとりしていることなど、本人はまるで気づいていない。
そのチルの反応を聞き、カイルがマイロの耳元にふっと顔を寄せる。
「……だそうだ」
囁くように呟かれた声に、マイロの耳がかすかに赤く染まった。
「う~っ、カイル!からかってるだろ!」
「トマトの仕返しだ」
ニヤっと笑ったカイルに耳元でまたそう囁かれる。
「な、な、なんだよ。いじわる」
「そもそも、お前が、俺に味見させようって言うからだ」
カイルは冷静に見えて実は結構楽しんでいるのかもしれない。
苦手なトマトを食べさせられるわりには、
なんとなく、機嫌がいいように見える。
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