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第7話

明日はいよいよ、国王ジークと司書チルの結婚式だ。 チルはこれまで、モーリスから課せられた試練にひとつひとつ応えてきた。そして今では、モーリスも少しずつその在り方を認めはじめているようで、二人の関係は良好。すべては、順調に進んでいる。 王宮は式の準備に追われ、朝から騎士たちの足音と指示の声が絶えない。 廊下の角では警備隊長が地図を手に、警護配置を詰めていた。 マイロはその光景を少し離れた場所から見つめている。足の痛みはようやく引いてきたが、全力で走れるほどではない。 皆が慌ただしく動く中、自分だけが取り残されているような気がして、胸の奥がざわつく。 「……足引っ張ってるだけじゃん、俺は」 ぽつりとこぼした瞬間、不意に背後から低い声が響いた。 「お前はまた、一人になると、うじうじしてるな」 「っ、カイル!?」 振り返ると、カイルがすぐ後ろに立っていた。何かを読み取るように静かな目をしていて、マイロは思わず背筋を伸ばした。 「……ほら、いいから。ちょっと来い」 「え、な、なんだよ、サボってるわけじゃ」 「知ってる。……だから、だよ」 カイルに肩を軽く押されて、マイロはそのまま近くの控え室へ連れて行かれ、椅子に座らされる。 誰もいない静かな室内に入ると、カイルはドアを閉めて、正面に立った。 「焦ってるだろ。周りがせわしなく動いてるのに、自分だけ置いてけぼりみたいで」 マイロは、言い返そうとしたのに、なぜか喉が詰まった。 「足もまだ万全じゃない。警備も減らされて……何もしてない、そう思ってるかもしれない。だけどな」 カイルはすっと歩み寄り、マイロの前で片膝をついた。 そして、そっと両手でマイロの足元を見て、ほんの一瞬、痛みの残る箇所に触れる。その手は驚くほどあたたかくて、丁寧だった。 「お前が何もしてないなんて、誰も思ってない」 マイロは一瞬、視線を泳がせてから、カイルを見た。 「……ほんとに、そう思う?」 「チル様が、毎日ちゃんと笑っていられるのは……お前がそばにいるからだろ?」 「……っ」 「支えるってのは、剣を振るうことだけじゃない。心を守るのも、立派な護衛の仕事だ」 言葉と一緒に、カイルの手がそっとマイロの膝に置かれた。その手のぬくもりが、なぜか胸の奥にじんわり染みる。 「……そんな情けない顔、すんな。似合わない」 マイロは一拍おいて、肩をすくめた。 「……ズルいな、カイルのそういうとこ」 「自覚はある」 ほんの少しだけカイルが微笑む。それがあまりにも優しくて、マイロはつい、目をそらした。 「でも……ありがと」 「当然だ。俺はお前の護衛でもあるからな」 「……は? 誰が頼んだんだよ、それ」 「お前が口に出す前に、引き受けてる」 「なっ……!」 マイロは思わずそっぽを向くが、すでに耳まで真っ赤になっていた。逃げようにも、まだ少し痛む足がそれを許してくれない。 「……うっ、もう〜……」 「ふふ。もう少し甘えてろ」 そっと肩に添えられた手は、もう護衛のそれじゃなくて、ただ、やさしい誰かの、ぬくもりだった。 その時、廊下の向こうからバタバタと騒がしい足音が響いた。 「カイルさんっ! 緊急事態です!」 カイルとマイロがいる控え室に、警備隊長が駆け込み、息を弾ませながら叫んだ。 「すぐに来てください!」 何ごとかと、カイルとマイロもすぐさま後に続く。マイロの足はようやく治りかけているが、完全ではない。結果、またしてもカイルの背におぶられることになった。 とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではない。 式場準備中の大広間に到着すると、現場は騒然としていた。 「不審物を発見!!爆発物の可能性あり!」 「な、なんだと!? 警備を強化しろ!」 怒号と混乱が飛び交い、空気が一気に張りつめる。 その中心にある物を見て、マイロがカイルの背で小声を漏らした。 「な、なあ……あれ……陛下のサプライズじゃないか……?」 「は?……あれか? あの包み紙……」 カイルも眉をひそめて見つめる。 確かに、あのハート柄の包装紙は……見覚えがある。 「下がれ!全員、警戒を維持しろ!」 物々しい空気の中、緊張した声があちこちから飛び交っていた。 爆発物と認定された『包み』は、警備チームの手で慎重に、そして厳重に開封されていく。 そして、中から現れたのは… 「……ハートの飾り付き、うさぎのぬいぐるみ。手紙入り?」 その場にいた全員が、静かに、そして見事に固まった。 誰かが封を開けて手紙を読み上げる。 『チルへ。式で緊張したら、これを握ると落ち着くから。君に似てて可愛いからプレゼントだよ。ジークより』 沈黙の中、パタパタと走ってくる足音が聞こえた。 現れたのはチル。頬を真っ赤に染めながら手紙を奪い取るように受け取り、ぎゅっと胸に抱きしめた。 「……ご、ごめんなさい……サプライズだったみたいで、私にも内緒で……それで、その……置いたの、私です……」 「…………」 あらゆる方向から、ため息とともに頭を抱える護衛たちの姿が重なった。 「……陛下……せめて、届け出を……!」 隊長のぼやきが、虚しく式場に響き渡る。 「チ、チル……置き忘れ……?」 マイロが声をかけると、チルは顔を真っ赤にして、こくりと頷いた。 もう、誰も怒れなかった。 「よ、よかったな〜! 陛下からの……えっと、サプライズプレゼントだもんな〜!」 マイロのフォローが、式場にむなしく木霊した。 その時だった。 後方から、まるで何ごともなかったかのように、のんびりと歩いてくる人物がいた。 「あ、見つかったって?」 ジークだった。 「陛下ぁあああああああああああ!!」 叫ぶ隊長、バッと手を広げて止めに入る騎士たち、そして、手紙を握りしめたままのチルと、背負われたままのマイロが揃って絶句する。 ジークは、けろっとした顔で言った。 「いやぁ、驚かせようと思ってさ。サプライズってやつ?まさか爆弾扱いされるとはなぁ。ね、チル? かわいいだろ?チルに似てるよな、そのうさぎ」 「……も、もう……」 チルは恥ずかしそうに俯きながらも、手紙をぎゅっと抱きしめている。 「陛下……サプライズは、事前申請をお願いします……」 隊長が力なく呟くと、ジークは全く悪びれずに、にっこり笑った。 「うん。次から気をつける。……たぶん」 「たぶんが一番信用ならないんですが……」 カイルが小さく呟いたその声に、マイロは同意した。 ついでに、カイルの背中で盛大にため息もついている。

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