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第12話
チルの部屋を出た後も、マイロの心はここにあらずだった。
やだって思っちゃったんだよな……
さっき自分が口にした言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
これって……恋、なのかな?
いや、でも…あのカイルだぞ。なんでもそつなくこなして、いつも落ち着いてて、妙にモテる……あの、カイルと考える。
「はぁ……わかんねぇ……」
ひとりごちた、そのときだった。
中庭を歩いていたマイロの視界の先に、カイルの姿が見えた。
その隣には、華やかなドレスを着た女性。見覚えがある。モリッシー伯爵家の令嬢だった。
モーリスが言っていた良縁の相手。あの茶会の話は……もう実現していたのか。
唖然として、その場に立ちすくむ。
カイルはいつものように無表情に見えたけれど、女性の話にうなずいていた。その口元には、わずかに笑みすら浮かんでいるように見える。
胸の奥が、きゅうっと締めつけられた。
「……なに、あれ……」
急に体が暑くなった気がして、マイロは思わず視線を逸らした。
関係ないはずだ。
カイルが誰と話してようが、誰と並んでいようが、関係ない。
今までだって、何度もそんなことはあったはずだ。何故、いまさら胸が痛む。
自分には関係ない。
何度もそう言い聞かせる。
でも、そのたびに胸の中がチクチクと痛む。
チルの言葉が蘇る。
『カイルさんのこと、どう思ってるの?』
『……やだって思った』
やだって、なんだよ。
ああもう、どうしたらいいんだ。
このざわつきがどんどん大きくなって、逃げ出したくなるくらい、苦しい。
「……なんで、俺、こんなに気になってんだよ……」
ぽつりと漏らしたその言葉に、自分でハッとする。
でも、言葉にしてしまった瞬間、もう、戻れない気がした。
◇◇◇
モヤモヤとした気持ちのまま、数日が過ぎた。とりあえず業務には戻ったものの、気が乗らない。
こんな中途半端な気持ちじゃダメだ。明日こそ、ちゃんと切り替えよう。そう思いながら帰路についた、その矢先。
マイロの住む建物の前が騒がしい。人だかりができていて、声が飛び交っている。
「……マイロ、トラブル発生だ」
神妙な顔をした隣人が、玄関前で腕を組んでいた。
「トラブル?」
「お前の部屋も同じだ。見てみろ」
言われて扉を開けた瞬間、ぽた、ぽた……と天井から水滴が落ちる音がした。床にはすでに水たまりができ、壁紙もところどころふやけている。
「うそだろ……」
外ではバケツを抱えた管理人が、右往左往しながら叫んでいた。
「配管、完全にいってる!今夜中には無理!復旧までは、数日かかる!」
呆然としていたその時。
「マイロ、俺の部屋に来い」
背後から、あの低く落ち着いた声が聞こえた。
「っ……カイル!?」
振り返ると、いつの間にかそこに立っていたカイルが、変わらぬ無表情でこちらを見下ろしていた。けれどその眼差しは、どこか優しくて、もうすでに『連れて行く』と決めている顔だった。
「な、なんでここにっ?えっ?いつからいたの?」
「そんなこと問題じゃないだろ。それより、今の現状を見てみろ。ここにいられる状態じゃないのは、わかるだろ?」
「そっ、そうだけどさっ!カイルのとこって…いや、」
「この前まで俺のところにいたんだ。今さら遠慮はいらない。ほら、いくぞ」
「いっ……え、えぇぇ……」
心臓が跳ねた。気持ちの整理もつかないまま、ぐいと手を取られる。指が触れるだけで、喉の奥が熱くなった。
どうしてこうも自然に、逃げ道を断ってくるんだ。そう考えていても、もう手を引かれ、歩き始めている。
「……わかった。ありがとう。でも、明日にはなんとかするから。今日だけは…迷惑かけないようにするから……」
マイロが視線をそらすと、カイルはふっと口元をゆるめた。
「お前は何を言ってるんだ。明日には直らないって言ってただろ。……いっそ、ずっと俺のところにいればいい」
「は、はぁっ!? なっ……!?」
何をさらっと爆弾を落としてくるんだ、この男は。
赤面するしかなくなって、マイロは口を閉じた。
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